【6月19日 AFP】タイの首都バンコクから西に約80キロ離れたサムットソンクラーム(Samut Songkhram)のメークローン(Mae Klong)駅。列車が汽笛を鳴らすと、うとうとしていた果物や花を売る屋台の女性が目を覚まし、線路の上に飛び出していたひさしを急いでたたむ。列車はゆっくりと、屋台の売り物すれすれに通り過ぎていく。

 メークローン駅近くの線路沿いには500メートルにわたり屋台が並ぶ。野菜から生きたカメ、衣類、土産物まであらゆるものが売られている。

 パラソルをたたむ市場を意味する「タラート・ロム・フッブ(talad rom hup)」の愛称で知られるこのメークローン鉄道市場を、1日6回列車が通過する。そのたびに、地元の買い物客や外国人観光客は隙間や横道に駆け込む。屋台の売り子たちは、落ち着いた様子で線路の上に置かれた売り物の入ったかごを脇に寄せ、ひさしをたたむ。

 青果を売るサモン・アマシリ(Samorn Armasiri)さんは「危なく見えるけど、全然危険ではない」と話した。

 アマシリさんの家族は50年間、鉄道市場で商いをしてきたが、事故を見たことは一度もないという。

「列車が近づくと運転士が汽笛を鳴らし、私たちは物を片付ける。みんな慣れたものだ」

 注意深く線路の脇に置かれたレタスやブロッコリー、玉ねぎ、ショウガ、唐辛子、トマト、ニンジンの上を車体の側面が通過する。商品と車体の隙間はわずか数センチだ。

 鉄道市場は近年、バックパッカーや自撮り目当ての旅行者の間で人気を集めていたが、新型コロナウイルスの流行で大打撃を受けた。

 タイでは現在、入国規制が撤廃され、観光客は戻りつつある。

 トルコへ向かう途中でタイに2日間短期滞在しているオーストラリア人、エラ・マクドナルド(Ella McDonald)さんはAFPに対し、「クレイジーで慌ただしい」市場だと語った。「狭い場所に入ってくる列車の大きさにも驚いた」

 新型コロナの流行以前、タイの外国人観光客は中国人が最も多く、鉄道市場にも大勢訪れていた。だが、今では、中国側の厳格な出入国規制のためほとんどいない。

 1988年から鮮魚屋台を営むソムポン・タートーム(Somporn Thathom)さん(60)は、2年間の苦しい時を経て、ようやく生計が立つようになったと話した。

 タートームさんによると、コロナ流行期には魚が1日に10匹ほどしか売れなかった。「貯金も全て使い果たし、銀行から金を借りなくてはならなかった」

 チャルーン・チャルーンパン(Charoen Charoenpun)駅長は、「観光用に造られた場所ではないこと」が人気の理由だと考えている。

 オーストラリア人のウィリアムくん(8)が夢中になったのは、列車が通過する時の大騒ぎだ。「列車が通り過ぎる時、(屋台の人が)売り物を片付けたのが一番すごかった」と話した。(c)AFP/Lisa MARTIN