■「歴史の正しい側」

 ロシアによるウクライナ侵攻で、アブラモビッチ氏自身も大打撃を受けたとみられている。欧州連合(EU)と英国から制裁を科された上、チェルシーも売却せざるを得なくなり、数十億ドルの資産が吹き飛んだ。

 米誌フォーブス(Forbes)によると、侵攻前の同氏の純資産は約150億ドル(約1兆8400億円)だったが、現在は83億ドル(約1兆180億円)に目減りしている。

 同氏は制裁回避のため、全長160メートルと140メートルのスーパーヨット2隻を、制裁に参加していないトルコに移した。

 シンクタンク「カーネギー財団モスクワセンター(Carnegie Moscow Center)」のアレクサンドル・バウノフ(Alexander Baunov)上級研究員は、アブラモビッチ氏の交渉参加について「何通りかの見方ができる」が、ウクライナの破壊された地区の復興に向けた「補償」が関係している可能性があるとしている。

 バウノフ氏は「アブラモビッチ氏にとって、歴史の正しい側に付く歓迎すべきチャンスでもある」と指摘した。

 ロシアの反体制派アレクセイ・ナワリヌイ(Alexei Navalny)氏が設立した反汚職財団で調査責任者を務めるマリア・ペブチク(Maria Pevchikh)氏は「アブラモビッチ氏は(ウラジーミル・)プーチン(Vladimir Putin)大統領の取り巻きの新興財閥(オリガルヒ)の中でも『最も忠実で献身的』だ」と説明。オリガルヒは政治に立ち入らないという、大統領府との暗黙の了解を守ることで利益を得てきたと話した。

 ペブチク氏は、アブラモビッチ氏の交渉参加について「私にはPR活動のように見える」と語った。

 アブラモビッチ氏は2001~08年、ロシア北東部チュコト(Chukotka)自治管区の知事を務めた。政府系テレビ局「第1チャンネル(Channel One)」を政府と共同保有していたこともある。

 アブラモビッチ氏はメディアへの露出を避け、インタビューを受けないことで知られる。ただ、3月2日には、チェルシー売却の意向を自ら発表した。

 同氏はその中で、ウクライナでの戦争の全犠牲者のために財団を設立し、当面の必需品の提供や長期的な復興支援を行うと明らかにした。言葉を慎重に選び、ロシアの侵攻に対する非難は一切しなかった。

 政治学者のコンスタンティン・カラチェフ(Konstantin Kalachev)氏はAFPに対し、「最も重要なのは、プーチン氏がアブラモビッチ氏を信頼していることだ。一方、ゼレンスキー氏も彼を信頼できる」と語った。

「アブラモビッチ氏は西側諸国で社会復帰する必要がある。世界市民としての立場を維持したいと思っている。ロシアに閉じこもりたいとは思っていないだろう」 (c)AFP/Stuart WILLIAMS