■クーデターと戦争への懸念

 トランプ氏が敗北を認めない数週間、政府高官や軍の幹部が懸念したのは、同氏が軍を動員して権力の座にしがみつこうとすることだった。

 さらに懸念したのは、トランプ氏が腹いせに戦争を始める可能性だ。

「Peril(危機)」によると、大統領選後、トランプ氏がマーク・エスパー(Mark Esper)国防長官を解任した際、米中央情報局(CIA)のジーナ・ハスペル(Gina Haspel)長官(当時)はマーク・ミリー(Mark Milley)統合参謀本部議長に電話をかけ、こう話したという。「右派によるクーデターが起きそう。何もかも常軌を逸している」

 1月6日が迫り、ミリー氏は軍幹部に対し、ドイツの国会議事堂(Reichstag)で起きたことについて言及し、注意を促した。ナチス・ドイツ(Nazi)が支配を強める契機となった1933年の議事堂火災だ。

 2020年11月の大統領選の9日後、トランプ氏に呼ばれた補佐官や顧問は、イランに核開発をやめさせるために空爆を行う案について意見を求められていた。皆、思いとどまるようトランプ氏を説得したが、一様に不安を抱いた。

「これは非常に危険な状況だ。彼のエゴのために攻撃するのか」と、ハスペル氏はミリー氏に尋ねたと「Peril(危機)」は記している。

 米ABC放送の記者ジョナサン・カール(Jonathan Karl)氏の新著「Betrayal(背信の意)」によると、2020年12月21日、イラクの首都バグダッドの米大使館がロケット弾攻撃を受けた際、イランを空爆する話が再度持ち上がった。だが当局者は、必死にトランプ氏を押しとどめたという。

 しかし、それよりはるかに深刻な状況がくすぶっていた。

 中国は、暴走したトランプ氏に攻撃される事態を懸念していた。一方の国防総省は、中国が先制攻撃に出る可能性を危惧していた。

 大統領選直前、ミリー氏は異例の手段を講じた。中国中央軍事委員会の李作成(Li Zuocheng)連合参謀部参謀長に電話をかけ、トランプ氏の反中的な言動が軍事行動に結び付くことはないと確約したのだ。

「米政府は安定していると保証する」とミリー氏は李氏に伝えた。「わが国は中国に対し、攻撃やキネティックな(物理的兵器を使う)作戦を行うつもりはない」

 1月6日の議事堂襲撃後、中国は再び懸念を抱き、ミリー氏は改めて李氏に電話をかけた。

「事態が不安定に見えるかもしれない。(中略)だが、民主主義とはそういうものだ、李将軍。わが国は100%安定している」