国際的指標SDGs(2030年までに達成を目指す持続可能な開発目標)達成に向け、「サステナビリティ」を根幹に据えた事業展開が責務となっている現在、無視できないデジタルトランスフォーメーション(DX)の世界的潮流のなかで、日本企業はどうあるべきか。
サステナビリティがDXを促進し、DXがサステナビリティを加速させるという相関・相乗関係にある現状について、「前編」では主にエネルギー分野に注目した。
そこで「後編」では、「スマートシティ」、そしてDXで加速する「スタートアップ投資」について、世界最大級の国際法律事務所である「ベーカー&マッケンジー法律事務所」のギャビン・ラフテリー共同代表パートナーをファシリテーターとして迎え、同事務所に所属する蜂須賀敬子弁護士に、その最前線の動向と日本企業に迫られている課題を語ってもらった。

スマートシティのビッグデータはどこまで許されるのか

ギャビン・ラフテリー:前編の最後に触れたEV(電気自動車)の話にもつながると思いますが、最近、スマートシティというテーマをよく耳にします。これに関して、世界の潮流はどうなっていますか。

蜂須賀敬子:スマートシティとは、IoT(モノのインターネット)によっていろいろなモノをつないでデータを共有することによって、そこで暮らす人々がより便利で豊かな生活を送れるように、ということがコンセプトです。もちろん日本でもすでに取り組みははじまっていますが、この分野では欧米が先行していますね。
とりわけ進んでいるのが、北欧のヘルシンキです。世界ではじめてMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)が都市交通に取り入れられた国として注目されています。MaaSとは、住民や旅行者など1人1人のニーズに合わせ、複数の公共交通機関や移動サービスを最適に組み合わせて検索や予約、決済までを一括で行えるサービスです。このMaaSもスマートシティの一部としてよく議論されているテーマです。ヘルシンキのケースで非常に特異なのは、このプラットフォームが大企業によって提供されたものではなく、小さなスタートアップ企業が開発したアプリによって実現したという点。その意味でも、世界のリーディングケースとして注目されています。

MaaSの概念図(国土交通省HPより)


ほかにも、ドバイ、イタリアのローマ、カナダのトロントなど先行している都市を挙げればキリがありませんが、そうした先進都市で新しいテクノロジーやサービスを導入する都度どのような議論がなされているかというと、やはりスマートシティ実現のためにさまざまな規制があるということ、つまり法律に関することです。というのも、スマートシティとは、すでにいまあるモノをデジタル化してつないでいく発想なので、当然ながら、それらのモノにはすでに各種の規制が存在します。データを共有するにあたってはデータ保護の各種規制や各交通機関の規制、それらを利用するには費用が発生しますので決済関係の規制、といった具合に数限りなくあります。テクノロジーの開発段階でも法律面の検討は行われているでしょうが、このように実際の導入段階でも複数の規制をケアすることが必要となります。

ラフテリー:問題点はありますか?

蜂須賀:スマートシティとは、これまでやってこなかったことを実現させようという試みですから、法的な面でも未経験の部分が多いわけです。ビッグデータの活用が大前提になりますが、共有にあたってはいったいどういう契約を結べばよいのか、共有する側や個人にどういうリスクが発生するかもわからない部分がある。ビッグデータ利用に際しては情報保護という観点で基本ポリシーの設定が必須ですが、どのようなポリシーにするかもまだ議論の必要があり、世界共通の悩みですね。
私たちは早い段階から法律面を整備するという部分で大きく貢献ができるのではないかと考えています。実は、当事務所の弁護士が世界経済フォーラム第四次産業革命センターのフェローとして「G20 Global Smart Cities Alliance」に関与しており、官民を交えた最先端の議論の一翼を担っています。私を含む他メンバーもその一部をサポートしています。
個々の企業にとっては、ビッグデータを利用するということは自社が集めた個人情報も提供するということで、その承諾はどうするのか、誰がとるのか、という点も心配なわけです。

ラフテリー:懸念される点はあるのでしょうか?

蜂須賀:やはり、テクノロジーの進化によってさまざまなデータが取れるようになっていることですね。たとえば、スマートシティではセンサーによる情報も大きい。現在は各種のセンサーによって人の感情までも把握できてしまうおそれを指摘されていますが、そうしたパーソナルデータなどはセンシティブ情報なので、果たしてそこまで取得していいのかという問題があります。
最近の例で世界的に注目されたのは、イタリアのローマで進んでいるスマートシティでのケース。ここでは、車を1台1台AIセンサーで認識し、それをAIで分析して交通渋滞の状況を把握するシステムが活用されていますが、そのAIセンサーの本来の性能によれば、運転手の顔から表情などまで認識し記録できてしまいます。しかし、そこまでのデータを記録することは「GDPR」(EU一般データ保護規則)上のケアが必要となるほか、人の感情予測をしてよいかという点は倫理面からの議論も要するため、あえてそこまでのデータを記録せず、アウトプットするのはメタデータに限るよう調整されています。法律だけをケアしていればいいというわけでもなく、モラルハザードを引き起こさないために倫理面も考えなければならないわけで、スマートシティに関してこの点の議論ももっと必要かと思います。

早急な議論が求められるヘルステックの倫理問題


ラフテリー:前編でも触れましたが、いま世界的に企業には環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に留意した「ESG投資」の取り組みが求められています。このうち「社会」の面では、最近よくI&D(インクルージョン&ダイバーシティ=個々の「違い」を多様性として受け入れ認め合い、生かしていく)が企業の責務といわれていますね。

蜂須賀:はい、その点ではいま私たちの事務所でもホットトピックとして「ディスアビリティ」(心身の機能上の能力障害)という問題があります。たとえば、ディスアビリティのうち精神障害のある方の中には、アウトプットがなかなかうまくいかないという問題を抱えている方も多いと思います。そこをサポートするテクノロジーとして、その時々の気持ちをデータ化し、可視化することによって、周囲の人に自分の気持ち、ほんとに些細なことでも、いまの気分、今日の調子といったようなことまで伝えられるアプリも開発されているようです。
ただ、ここまでは倫理的にもクリアできていると思うのですが、この先もっとヘルステックが進むと、そうしたデータがビッグデータとして集積され、それをAIが分析することによって、ディスアビリティの人の次の行動まで予測できる可能性もあるのではないかと思います。果たしてそこまでやっていいのかという是非論なり倫理観は、先ほどのスマートシティでのAIセンサーと同様に、早い段階で議論される必要のある点ではないかと思います。

スタートアップへの投資とサステナビリティ


ラフテリー:最後に、サステナビリティ&DXの時代で欠かせないのがやはりテクノロジーの進化。その点では、スタートアップの存在が不可欠になっています。それだけに、企業にとってはCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の活動がより重要性を増してくると思います。そのあたりの世界の動向はどうなっていますか。

蜂須賀:CVCとは、事業会社が自分たちの事業とのコラボレーションやシナジー効果が期待できるベンチャー、スタートアップに投資する組織を持つことですが、本来の事業目的に縛られている大企業に対し、スタートアップは事業目的も発想も自由で、最先端の技術を開発してビジネスに繋げることを模索しているわけですね。スタートアップの資金力は乏しいことが多く、そこに大企業のCVCが入ることでお互いがWin-Winの関係になる。しかも、魅力的で有望なスタートアップには複数の投資家が資金を拠出しますから、1社あたりの投資資金も巨額でなくていい。これは世界のトレンドです。
もちろん日本でも活発化していますが、このCVCとスタートアップの関係をサステナビリティ分野に絞ってとらえてみると、やはりまだ圧倒的にヨーロッパが進んでおり、次にアメリカ、日本はさらにその次です。日本は遅れていますが逆にいえば、サステナブルに寄与するような技術開発を目指すスタートアップへのCVCはこれから増えていくと思います。
実は私自身、最近まで国内のCVCを持つグローバル企業に出向していた経験があるのですが、スタートアップに対する投資のトレンドは非常に短いサイクル、極端にいえば数カ月おきに変わっていくのだということを実感しました。たとえば直近1年の間でも、最初は宇宙だったのが、あっという間にエッジコンピューティングに取って代わりました。エッジとは、IoTで情報をビッグデータとして集積する前の段階、つまり情報をクラウドに送る手前で処理・分析をすることでリアルタイムにかつ負荷も分散されるため、通信の遅延も起こりにくいという特徴がある技術です。膨大な情報を処理しなければならないスマートシティではいずれ処理能力に限界がくるといわれており、これはその点で非常に注目されている技術です。ところがその後にはヘルステックにトレンドが変わり、とにかく目まぐるしく変化しています。それはDX自体もどんどん進化しているから当然のことではありますし、特にESGを投資基準として採用するCVCが増えてきている現在、ESG関連のDXは企業にとっても重要な投資検討先となっているでしょうから、企業としてもそうしたトレンドの変化には常に敏感であることが重要だと思います。
 

―ここまで前後編で見てきたように、エネルギー分野やスマートシティ、スタートアップ投資の世界など、サステナビリエィ&DXの進化は目覚ましく、その潮流への遅れは許されない。こうした時代にあって、70年の歴史を有し、日本では来年設立50周年を迎える「ベーカー&マッケンジー法律事務所」は、唯一無二のグローバルネットワークと蓄積された知見と経験が豊富である。世界の最前線を走る企業にとっては、これ以上は望めない強力なパートナーになり得るだろう。

【プロフィール】

ギャビン・ラフテリー
「ベーカー&マッケンジー法律事務所」のファイナンス&プロジェクトグループパートナーであり、現在東京事務所の共同代表パートナーを務める。また、グローバル・フィンテック・イニシアチブの共同代表。オーストラリア、イギリス、日本の金融法務に経験を有する。Chambers、Legal 500、『International Financial Law Review (IFLR)』誌に、日本の銀行および金融・フィンテック分野で活躍する優れた弁護士として掲載。
 

蜂須賀敬子
「ベーカー&マッケンジー法律事務所」コーポレート/M&Aグループに所属。当事務所に入所する以前は、大手日系銀行に勤務。企業法務全般に精通。