2015年9月に国連サミットで採択されたSDGs(Sustainable Development Goals)は、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓い、「2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標」だ。以来6年、世界各国・地域でさまざまな取り組みが続けられ、日本企業においてもチャレンジの機会が生まれてきた。
 日本政府は早くから国際機関と共同でいくつかの事業を模索してきたが、その取り組みのなかで、NECは画期的なSDGsのビジネスモデル構築、検証活動にチャレンジしている。世界市場でも競争が激化しているインドスパイス産業における、バリューチェーン情報の格差解消・貧困農家救済プロジェクトである。NECは国際機関との共創を通じて世界最先端技術とノウハウを駆使したブロックチェーン技術により、その課題解決に取り組んでいる。

 

世界最先端ブロックチェーン技術とは


 ビットコインに代表される暗号資産取引で注目されるようになったブロックチェーン技術は、現在では世界各地の金融・証券取引や貿易取引、サプライチェーンなど、多岐にわたる用途で活発な実証実験が行われている。
 ブロックチェーンとは、特定の機関や人に依存せず、利用者同士が取引履歴データを分散共有できる技術のこと。いわば、管理者が存在しない分散台帳技術で、データをブロックというかたまりにまとめ、それを時系列によって鎖のように連携することから、ブロックチェーンと呼ばれる。
 


 この技術には、「ある利用者のノード(コンピュータ)が停止してもシステムは継続する」、「ブロック間をつなぐ技術に暗号的ハッシュ関数(入力した値に対してまったく別の無作為の値が出力される暗号方式)を使うことでデータの改ざんが困難になる」、「電子署名や全参加者の検証・承認によって不正取引を防止できる」などの優れた特徴がある。
 その一方で、従来のブロックチェーン技術には、参加ノード数やデータの記録速度の限界といった課題も残されていた。
 そこに着目したNECは3年半前、ノード数200程度の大規模接続環境下で、毎秒10万件以上のデータ記録を達成する「世界最速」の技術を開発した。従来は、悪意を持った不正ノードへの対策が可能なブロックチェーンでは、ノード数が数十を超えると極端に性能が悪化していたため、たとえば、ビットコインでは毎秒7件となっていた。それと比べると、驚くべき技術進歩を達成したこととなる。
 つまり、高速性と安全性の両面で、世界最先端の性能を実現したということである。
 これらの技術をSDGsに活かすべくNECが取り組んでいるのが、インドスパイス産業における画期的なプロジェクトだ。

 

インドスパイス産業の課題

 
 中国に次ぐ世界第2位の人口13.8億人を抱えるインドでは、その約50%の1億3600万世帯、約7億人が農業に従事している。だが、そのうち約85%が耕地面積2ヘクタール以下の小規模農家であり、平均耕地面積は1.1ヘクタールである。経営規模の小ささに加え、営農や栽培技術などの情報不足などがあいまって、小規模農家の5分の1以上が貧困層といわれている。
 インドの耕作可能面積は国土の約57%で、中国をも大きく上回る約1.6億ヘクタールもあり、バナナやミルク、オクラの生産量は世界第1位、サトウキビやコメの生産量も世界第2位を誇るなど、大きな可能性を秘めている。
 とりわけスパイスについては、インドは生産、消費ともに世界第1位であり、年間の輸出額は36億米ドル(約4070億円)にもおよぶ巨大産業だ。
 それにもかかわらず、農業従事者のうちにこれほどの貧困層が存在する理由のひとつが、インド独特の農産物流通システムにあるといわれてきた。一部の例外を除き、すべての農家に農産物を「マンディ」と呼ばれる地域ごとの公設市場に販売することを義務付ける仕組みである。このシステムが原因となり、マンディ内の仲介業者が独占的な権限を持ち、小規模農家の情報不足を利用して不当な廉価で農産物を買い叩いた。巨額の利益を得る悪徳仲介業者が跋扈したのである。
 こうした長年の悪弊に対し、インド政府もようやく重い腰を上げた。2020年9月、「2020年農産物流通促進法」を柱とする「新農業法」を成立させ、大規模な農業改革に乗り出したのである。目玉となる改革は、農作物の「マンディ」への販売義務付けを解除し、農家が自由に大手スーパーや食品加工メーカーなどの民間企業に販売できるようにしたことである。これによって農家の所得向上を目指した。
 しかし、改革によってかえって民間企業による買い占めや価格操作を招くのではないか、あるいは農家保護のための国による「最低支持価格(MSP)」での買い上げ制度廃止につながるのではないか、などの農民側の疑心暗鬼から、今年に入っても首都ニューデリーを中心に激しい抗議運動がまきおこり、改革の前途にはまだ暗雲が立ち込めている。
 

新農業法に抗議する農民たち(2021年4月19日撮影)。(c) NARINDER NANU / AFP

 

世界最先端ブロックチェーン技術で“情報の透明化”と“貧困解消”を

 
 こうしたインド政府の改革の狙いに沿った取り組みのプロジェクトが注目されている。ブロックチェーン技術を活用したスパイス産業における生産・流通管理の実現と、バリューチェーン全体の透明性向上である。
 NECは世界最先端の技術によって、スパイスの生産、処理、加工、流通、販売といったバリューチェーンの各段階での情報を追跡・蓄積し、スパイス製品の透明性を高めることで消費者の信頼を獲得し、世界市場での競争力を高めることを目指すプロジェクトに参画している。この取り組みにより生産農家の情報格差を改善し、貧困層農家の収益を向上させる狙いだ。
 この取り組みは、内閣府の支援のもと、国際機関が日本の技術を活かしてSDGs達成に向けた課題解決を図るプロジェクトに、NECがサービスプロバイダーとして選ばれたことがはじまりである。昨年よりプロジェクトをスタートし、現在は実証実験を進めている。
 これによって農家、とりわけ貧困層である小規模農家は、流通過程における時価相場や小売価格の推移なども把握できるため、透明性が増すことで悪徳中間業者に不当に利益を搾取される心配がなくなり、販売先の選択幅も広がる。また、より高品質のスパイス生産にかかわる技術などの情報に接することができ、不純物の混入などによる品質低下を防ぎ、消費者の信頼を勝ち得て世界市場での競争力を強化できる。結果的に、収益の向上と公平な分配、貧困層の撲滅につながり、SDGsの目指す「誰一人取り残すことのない」貧困農家の課題解決に大きく期待が寄せられる。

 今回のプロジェクトでは複数の利害関係者がおり、また小規模農家はテクニカルな技術に精通していない人々ばかりであったことや、インド政府内でもブロックチェーン技術の導入に対して懐疑的な声もあり、ワークショップで議論を重ね、説明会を行い1つ1つの検証活動をすることが必要であった。
この一連の活動において、NECは1つのメッセージを伝え続けた。
「ブロックチェーン技術を導入しても、みなさんの日々の業務を増やしたり難しくしたりすることはありません。端末(携帯電話やパソコン)を使って品質証明書などの情報を公開することで、信頼できる情報としてスパイスの生産者と消費者の適切なコミュニケーションづくりに繋がるのです」

プロジェクトで奮闘するNEC Corporation India Pvt. Ltd.のメンバー

 

インドスパイス産業からグローバル展開へ—

 
 今後は、本取組でのノウハウをスパイス農家以外の農業へも展開の可能性をさぐり、やがては他の開発途上国や貧困地域にまでグローバル展開を―。むろん、折々の過程で必須となる新たなシステム開発では、魅力あるビジネスチャンスも期待できるはずである。数年先まで見据えたNECの挑戦から、今後も目が離せない。

野田 眞(写真右)
NECグローバル事業推進本部国際機関グループ マネージャー
「今回のプロジェクト機会を通じて社会課題解決型ビジネスの立上げを行うべく、日々スパイスと向きあっています。」


佐伯 明莉(写真左)
NECグローバル事業推進本部国際機関グループ 担当
「近い将来、インドの小規模スパイス農家と日本が繋がるのを楽しみに技術がもたらすビジネスモデルの実現に挑戦しています。」
 

国際機関との共創活動:SDGs達成に貢献するNECの取り組み
https://jpn.nec.com/profile/
sdgs/innovators/index.html