「物言わぬ両手で正義の声を伝える」 中国初の聴覚障害者の弁護士
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【9月1日 東方新報】髪を肩まで伸ばした譚婷(Tan Ting)さんがスマートフォンの画面を見ながら、無言で両手や十本の指を忙しく動かしている。画面の向こう側の女性も同じく無言で両手を動かす。今年で28歳の譚さんは、中国で初めてとなる聴覚障害者の弁護士。国内に約2700万人いる聴覚障害者の法的権利を守ろうと、日々努力を続けている。
山岳地帯の四川省(Sichuan)涼山イ族自治州(Liangshan Yi Autonomous Prefecture)で生まれた譚さんは8歳の時、中耳炎の不適切な治療のため聴力を失った。小学校を辞めて特別支援学校に通い、独学で勉強を重ねて2013年に重慶師範大学(Chong Qing Normal University)に入学した。
卒業後は、「手話を使える弁護士」として有名な唐師(Tang Shi)弁護士の法律事務所に就職する。唐さんは両親が聴覚障害者で幼い頃から自然と手話を覚えており、多くの聴覚障害者の法律支援をしていた。自身を支える聴覚障害者の助手を募集し、譚さんが手を挙げた。
「最初は自分が弁護士になるとは思ってもいませんでした」。中国メディアの取材に、譚さんは文字アプリを使ってそう振り返る。唐弁護士はある日、ほとんどお金を持っていない聴覚障害者の相談に応じ、さらに食事を与えて自宅に泊め、翌日には現金を渡して見送った。譚さんはその姿に感動した。またある時は、「1年かけて、ようやく事務所を見つけました」という聴覚障害者と出会った。事務所の住所や連絡先はインターネットに公開しているのに-。苦しい生活を過ごし、情報も得る手段も分からない仲間たちを支援したい思いが譚さんの心に広がった。
弁護士資格試験を受ける決意をした譚さんは毎日朝6時に起き、夜11時に寝るまでひたすら勉強を続けた。中国の弁護士資格試験の合格率は10%。2018年と19年の試験では合格点にわずかに届かなかった。
そして2020年に試験を受ける直前、母親が末期がんであることが分かった。父親は譚さんが23歳の時にすでに死去している。「もう試験は受けない。お母さんのそばにずっといる」。そう話す譚さんに、母親はこう告げた。「あなたは私のために生きてはいけない。あなた自身と、耳が聞こえず困っている人のために生きなさい」
涙を振り払って試験を受けた譚さんは3度目にして合格。1年間は実習弁護士として過ごし、来年に正式に弁護士となる。
法律事務所で働いている間も、多くのハードルがあった。譚さんは特別支援学校で「共通手話」を習ったが、実際の聴覚障害者は日常生活から生まれた「自然手話」を使う。共通手話は中国語の文法に基づいて人工的につくられたもの。中国語の文法は英語に似ており、例えば「火を消す」という場合、共通手話では「消す」「火」の順番で表現する。しかし自然手話は日本語のように「火」「消す」の順番となる。共通手話で「消す」「火」と伝えると、自然手話の人には「一度消えた火がまたついた」と伝わってしまう。譚さんは自然手話を一から勉強した。
健常者とのコミュニケーションの幅を広げるため、発声による会話をする必要もあった。しかし8歳からほとんど会話をしていない譚さんはうまく発音ができない。発音判定アプリを使い、1つの単語を何十回、何百回も繰り返して正しい発音を会得していった。
実習弁護士となった後、譚さんはある聴覚障害者の女性から相談を受けた。女性は知人に頼まれ10万元(約170万円)を貸したところ、知人は違法なギャンブルにその金を注ぎ込み、「あなたも違法賭博の共犯だ」と言って返済を拒んでいるという。「共犯なんてあり得ない。明らかに違法な脅迫罪だ」。譚さんは怒りに震えた。
最近も貴州省(Guizhou)の成人の男が10代の聴覚障害者の少女を数年にわたりレイプしていた事件が発覚した。少女は死ぬほど苦痛だったが、男の行為が「強姦(ごうかん)罪」というれっきとした犯罪であることを知らなかった。
「十分な教育を受けられず、情報を得る手段もない聴覚障害者は多い。少しでも力になりたい」。譚さんは今、ショート動画プラットフォームに手話を使った法律講座を投稿している。聴覚障害者が権利として受け取れる福祉や支援制度、結婚や離婚の方法…。多くの聴覚障害者の間に広まっている。
「『自分の周りに聴覚障害者はいない』と話す人は多い。そんなことはありません。彼ら、彼女らはひっそりと生活しているだけです」と強調する譚さん。また、「言葉が聞けない、話せない弁護士が法廷で何をできるのか」と言われることもあるが、「弁護士の仕事は法廷外の方が多い。依頼人と相談し、裁判でどう訴えるか考えることが重要です。裁判は複数のチームでするものです」と説明する。
法律事務所の譚さんのデスクには「物言わぬ両手を使って、正義の声を伝えていく」と書いた紙が掲げられている。「聴覚障害者は言葉が聞き取れないこと以外、何でもできる」。今はもう母親と会うことはできなくなったが、「耳の聞こえない仲間たちを助けなさい。あなたの経験を生かして、社会に聴覚障害者の存在を伝えなさい」という母の言葉を永遠に忘れることなく、弁護士としての道を踏み始めている。(c)東方新報/AFPBB News