【8月16日 AFP】サッカー元西ドイツ代表で、「爆撃機」の異名を取った伝説的FWのゲルト・ミュラー(Gerd Mueller)氏が、15日に死去した。75歳。ドイツ・ブンデスリーガ1部のバイエルン・ミュンヘン(Bayern Munich)が発表した。

 ミュラー氏は1960年代から70年代にかけ、バイエルンでリーグ戦365得点を記録するなど輝かしいキャリアを送り、西ドイツ代表としても62試合に出場し68得点をマークした。

 バイエルンのヘルベルト・ハイナー(Herbert Hainer)会長は「FCバイエルンとファンにとって、きょうは悲しく暗い一日だ」と述べ、「ゲルト・ミュラーはサッカー界における史上最高の選手であり、人としても素晴らしく人格者でもあった」と続けた。

「ゲルト・ミュラーがいなければ、FCバイエルンはわれわれ皆が愛する今日のクラブにはなっていないだろう」

「彼の名とその記憶は永遠に生き続ける」

 晩年、認知症を患っていたミュラー氏は、得点力を武器にクラブと代表の両方で歴史をつくり、バイエルンでは公式戦607試合で566得点という驚きの記録をマークした。

 バイエルンでは4度のリーグ優勝を成し遂げ、1974年から1976年にかけては、欧州チャンピオンズリーグ(UEFA Champions League)の前身であるヨーロピアンカップ(European Cup)で3連覇を果たした。

 1971-72シーズンのブンデスリーガでマークした40得点は、今年5月にロベルト・レワンドフスキ(Robert Lewandowski)が更新するまでの年間最多記録だった。

 また、西ドイツ代表では1972年の欧州選手権(UEFA Euro)を制し、地元開催となった1974年のW杯(World Cup)ではオランダとの決勝で決勝ゴールを決め、チームを優勝に導いた。

 現役引退後は指導者となり、バイエルンのユースチームで長くコーチを務めた。(c)AFP