■「複雑な心境」

 23日の夜、ごった返した編集部では多くのスタッフが、最終号を作成しながら涙を流していた。集合写真を撮り、励まし合うスタッフもいた。

 ライバル紙の記者らが、追い詰められた自分たちの業界の分岐点となる瞬間を記録するために、せわしなく編集部内を行き交う中、AFPの取材に応じたデザイナーは「複雑な心境です」と語った。

 また匿名を希望したフォトグラファーは、最後の夜の編集部には普段よりはるかに多くの従業員が集まり、まるで同窓会か葬式のようだと言った。「同僚が一堂に会する歴史的な瞬間となりました」

 だが、楽観的な声はほとんど聞かれないと言う。「香港のニュース、報道の自由、報道界の将来が明るいとは思えません」

 夜になると、外で見守る群衆は着実に増えていった。大勢の人が励ましのスローガンやメッセージを唱え、携帯電話のライトを建物に向けて照らしていた。時に中からバルコニーに出てきて手を振ったり、携帯電話のフラッシュで応答したりする編集部員の姿もあった。

 交通機関で働くアラン・ツォー(Alan Tso)さん(30)は、12年前から蘋果日報を読んでいると話した。廃刊されることを知って、仕事先には早退を願い出たと言う。

 ツォーさんはこの日の朝、蘋果日報の名にちなんだ新鮮なリンゴを1箱編集部に送り、3ページにわたる手書きの手紙をビルの入り口に貼り付けた。「香港人のために踏ん張り、毎日ニュースを伝えてくれたことに感謝します」

「蘋果日報は、自分が正しいと信じることを恐れずにする精神の象徴です」とツォーさんはAFPに語った。「なくなったら、他の新聞は買いません」