■違法出稼ぎ

 貧困にあえぐベトナム中部では、密輸業者らが危険な違法出稼ぎをあっせんしている。ルオンさんもそうした業者に唆された。

 若い男女は稲作から逃れ、海外で裕福になるという夢を追い掛けるためにしばしば大金を払う。しかし多くは多額の借金を負い、業者に搾取されながら、英国のネイルサロンや大麻農家で違法に働くことになる。

 それでも多くの移民は、離れる決断をしたのは自分なのだからと考え、自らを被害者とは思わない。そう指摘するのは、ベトナムの首都ハノイを拠点とする非営利団体(NPO)「ブルードラゴン(Blue Dragon)」で人身売買の防止を専門とするレー・ティ・ホン・ルオン(Le Thi Hong Luong)さんだ。

 ホン・ルオンさんによると、昨年の悲劇があったからといって、出稼ぎを思いとどまる人はほとんどいない。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)が収束し、国境が再び開かれれば、いっそう多くの人が同じ旅路を目指しそうだという。

■「息子に会いたい」

 トゥアンさんの息子、ハーさんはベトナムを出る前からすでに多額の借金を負っていた。密輸業者らに渡した3万ドル(約320万円)の他に、自宅の建設に8500ドル(約90万円)を支払っていた。家族はハーさんが英国でまともな収入を得ることを当てにしていた。

 ハーさんの家族は現在、さらに深刻な経済的苦難に直面している。「家計は本当に苦しい」とトゥアンさんは言った。ハーさんの遺体をベトナムに輸送するため、国から3000ドル(約32万円)近い貸し付けを受け、一家の借金はさらに膨れ上がっているという。

 息子を失った悲しみとその後の状況は耐えられるものではない。「どうしたらいいのか分からない」とトゥアンさんは諦めたかのようにいう。「息子に会いたくてたまらない」 (c)AFP/Tran Thi Minh Ha