【9月7日 AFP】米大統領選まで2か月を切る中、ドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領は選挙戦の本筋からどんどんそれて、陰謀論という迷宮の奥へと突き進んでいるようだ。

 黒服に身を包んだ工作員、「暗い影」に「ディープステート(闇の政府)」、極右グループ「Qアノン(QAnon)」、トランプ氏がクーデターや不正選挙計画の犠牲になっているとの主張──こうした数々の陰謀論に加えて、トランプ氏が先日新たに開陳した言説は、首都ワシントンで開催された共和党全国大会を妨害するため飛行機いっぱいの扇動者らが送り込まれたというものだった。

 トランプ氏は8月31日、米FOXニュース(Fox News)とのインタビューで「この週末に、ある人物がとある場所から飛行機に乗ったところ、機内は黒っぽい服や、そろいの黒服を着た悪党どもでほぼ満席だった」と述べた。

 この主張をトランプ氏は9月1日にも繰り返し、「機内は略奪者や無政府主義者、暴徒らでいっぱいだった」と記者団に語った。このトランプ氏の言説は、今夏フェイスブック(Facebook)上で広まった「飛行機に乗った左派の秘密工作員」という陰謀説と明らかな類似点があり、米メディア関係者はこれがトランプ氏の秘密の情報源ではないかとみている。

 トランプ氏はまた、先のFOXのインタビューで、世論調査で大きくリードしている民主党の大統領候補ジョー・バイデン(Joe Biden)前副大統領について「あなた方が聞いたこともない、暗い影に潜む人々」の操り人形だと非難した。

「陰謀論に聞こえますが」と司会者のローラ・イングラハム(Laura Ingraham)氏が返すと、トランプ氏は「あなた方が聞いたこともない連中なのだ」と繰り返した。

■増える陰謀論好き米国人、刷り込まれた代替現実

「黒ずくめの男たち」も「暗い影」も、トランプ氏が織り上げようとしている「不正選挙」というタペストリーを形づくる2本の糸にすぎない。このタペストリーには、トランプ政権が正体不明の「ディープステート」に包囲され、1期目が台無しにされようとしているばかりか、選挙不正によって再選が阻まれつつあるという物語が描かれている。

 トランプ氏は、2016年米大統領選をめぐるトランプ陣営とロシアの関係についての公式調査を「デマ」「クーデター」と断じ、新型コロナウイルス対策で対象が拡大された郵便投票は大統領選を「不正操作」するための策略だと毎日のように主張している。根拠のないこれらの主張の内容は、トランプ政権初期から水面下で沸騰し拡散されてきた「Qアノン」の陰謀論とほど近い。

 コードネーム「Q」を名乗る匿名の米政府高官が、内部告発者として反トランプ派の陰謀を暴くため英雄的に活動しているという仮説は、インターネット上でもトランプ氏の選挙集会など現実社会の一般市民の間でも、支持者を増やし続けている。

 トランプ氏について、米キニピアック大学(Quinnipiac University)コミュニケーション学部(School of Communications)のリッチ・ハンリー(Rich Hanley)准教授は、インターネットの巧妙なうそにどんどん埋もれつつある社会を反映する存在であり、自身もそこから利益を得ているとみている。

「(トランプ氏は)歴代大統領の中では異質な存在かもしれないが、陰謀論好きな米国人が増えている中では、異質ではない」とハンリー氏は指摘。「(大統領選で)誰が勝っても、史上最大の陰謀論の祭典と化すだろう。なぜなら、この手の作り話は既に代替現実として、何百万人もの人々にすっかり刷り込まれているからだ」と述べた。(c)AFP/Sebastian Smith