【4月26日 AFP】ロシア・モスクワの工房でセルゲイ・ムルザ(Sergei Murza)さんは、ピンク色のサテン生地に指を走らせ、作り終えたばかりのバレエシューズの最終チェックをする。バレエシューズは見事につま先でバランスが取れていた。

 ムルザさんは、旧ソ連が混乱の真っただ中にあった1988年に誕生した、世界有数のバレエシューズメーカー「グリシコ(Grishko)」の職人だ。

 石油や武器の輸出で知られるロシアでは、グリシコのような職人の技が詰まった製品を作る企業が世界的に成功することは珍しい。グリシコのバレエシューズは、世界各国のバレエ舞台に花を添えている。

「クラシックバレエを最高水準にまで高めたのはロシアだ」と、創業者ニコライ・グリシコ(Nikolay Grishko)氏(71)は語る。ニコライ氏は、今でも同社の経営に携わっている。

 グリシコは洋服やダンスシューズの生産も手掛けているが、バレエシューズが同社の魂だ。製品の80%近くは輸出されており、日本が最大の市場となっている。

 元ラオス駐在の外交官で経済学者でもあるニコライ氏が、バレエシューズの発想を得たのは身近なところだった。「私の妻がバレエダンサーだった」

 ニコライ氏がグリシコを始めた時、ボリショイ(Bolshoi Theatre)のような大劇場は自分たちの工房でバレエシューズを作っていた。今ではこのような伝統は廃れてしまったが、その技はグリシコに受け継がれているとニコライ氏は言う。

「19世紀末から続くロシアのバレエシューズの伝統を最大限に生かしている。この伝統は劇場の工房を通じて引き継がれていたが、(1991年の)旧ソ連の崩壊後に事実上、消滅してしまった」とウクライナ生まれのニコライ氏は語った。

 現在、モスクワ、チェコ、マケドニアの3か所に工場があり、500人以上が働いている。モスクワの工房は、ソ連時代に製鉄所として使われていた建物に入っている。現在は、月3万2000~3万7000足を生産している。

 工房では、職人が布を切ったり、接着剤を塗ったり、靴を組み立てている間を猫がうろうろと歩き回っていた。

 工房で27年働いているオルガ・モナコバ(Olga Monakhova)さんは、アナスタシア・ボロチコワ(Anastasia Volochkova)やニコライ・ツィスカリーゼ(Nikolay Tsiskaridze)ら著名ダンサーから注文があったと懐かしそうに語った。(c)AFP/Andrea PALASCIANO