【11月17日 AFP】パキスタン・カラチ(Karachi)のリアリ(Lyari)地区は長年、パキスタンで最も危険な場所とされ、ギャングの暴力と貧困に悩まされてきた。しかし今、その悲惨な現実から生まれたヒップホップが人気を集めている。

 バルーチ人が多く住むリアリは海に近く、昔から密輸が盛んだった。パキスタンの水準から見ても、暴力の横行と無法さは際立っている。旧ソ連によるアフガニスタン侵攻時にはカラチが輸送拠点となったため、リアリにも大量の武器や薬物が流れ込んだ。これにより闇ビジネスがはびこり、暴力は残酷さを増した。

 重武装したギャングや政治的背景を持つ暗殺団がリアリの大部分を支配し経済は低迷、住民の間で薬物と貧困がまん延した。リアリの住民で新人ラッパーのモハンマド・オマル(Mohammad Omar)さんは「リアリはギャングや紛争で悪名高い。よそ者は足を踏み入れようとさえ思わないだろう」と話す。

 2013年に自警団による手荒な作戦が始まり、通りは事実上の紛争地帯と化した。ギャングらは、携行式ロケット弾発射装置(RPG)やアサルトライフルで対抗。学校や商店は閉鎖され、子どもは通りから姿を消した。

「激しい銃声を耳にして、子どもたちは泣いていた」とオマルさんは振り返る。「ギャングとの戦争で犠牲になったのは貧しい人々だ。私たちはこれらのすべてを目撃した」

■リアリのリアル

 最近では通りでギャングを見かけることはない。

 最悪の時期が過ぎ、治安が改善すると、人々の創造力が開花し始めた。

 ヒップホップは数十年前、米ニューヨークのブロンクス(Bronx)のストリートから生まれた。歌詞には社会病理や都会のスラム街の生活が反映されており、当時のブロンクスと今のリアリはまるで鏡を見ているかのようにそっくりだ。

 ヒップホップは世界的に人気となったが、ポップやインド映画ボリウッド(Bollywood)のサウンドトラック、伝統的な音楽が好まれるパキスタンでは人気が出なかった。ヒップホップがパキスタンのラジオで流れるようになったのは2017年のことで、リアリ・アンダーグラウンド(Lyari Underground)による「The Players of Lyari(リアリのプレーヤー)」のヒットがきっかけとなった。

 リアリのラッパーらは、米ラッパー「2パック(2Pac)」の影響を受けており、自らの経験を歌詞に盛り込もうとしている。

 プロデューサーのカマル・アンワル・バロチ(Qammar Anwar Baloch)さんは「他の都市や地方にもラップはあるが、大抵は美女や高級車のことを歌っている」と話す。「私たちはリアルな世界を表現している」

 一方、テレビの脚本などを手掛けるアーメル・ナクビ(Ahmer Naqvi)さんは、「パキスタンの若者が何かを表現したのはリアリが初めてだった。労働者階級出身の子どもたちが上流階級も聴く音楽に貢献している」と指摘する。

「リアリの若者は周辺にいることに甘んじず、パキスタン社会で自らの居場所を作るためにこの時代を利用しているのだ」 (c)AFP/David STOUT