【10月11日 東方新報】中国が誇る国宝級SF作家・劉慈欣(Liu Cixin)氏の代表作「三体(The Three-Body Problem)」(早川書房刊)第一部の邦訳が、今年7月に日本で発売されて以降、中国小説の翻訳ものとしては異例の大ヒットを飛ばしていることが、中国で話題になっている。日本語版は発売後1週間で10回以上重版し、あっという間に10万部が売れたという。近年の日本の出版不況を考えれば奇跡に近い。日本よりかなり早く出版された韓国版は初版400部しか売れず、劉慈欣氏自身を困惑させたこととは対照的だ。

 多くの日本人読者が読後の感想をネットに上げており、ほとんどが高評価。アニメ映画『君の名は。(Your Name.)』の新海誠(Makoto Shinkai)監督も、「三体」を新幹線に持ち込んでいる写真をツイッター(Twitter)に投稿していたことは、中国にも多い同監督ファンの間で話題になった。

 9月には都内の東急全線の車内広告が「三体」一色になったことも、中国のSFファン、劉慈欣ファンを大いに喜ばせた。しかし、なぜ韓国では見向きもされなかった「三体」が日本でここまでブームになったのか。——中国人ファンが疑問に思うのも不思議ではない。実際、「三体」は読者を「挫折させる」小説としても有名で、中国のネット掲示板でも「三体」が読了できない、という「嘆き」のコメントも少なくない。

 ある読者に言わせれば、最初の1割を読んだところで挫折するが、皆が素晴らしいというのでまた読み始め、3割読んだところで再び挫折するが、先に読み終えた人たちの絶賛が耳に入り、またさらに読み続け、半分を読み終えれば一気に読了でき、何度でも読み返したくなる本だという。

 在米華人SF作家のケン・リュウ(Ken Liu)氏の翻訳で、英語圏SFの最高峰の賞でもあるヒューゴー賞(Hugo Award)を中国人作家作品として初めて受賞したという話題性や、バラク・オバマ(Barack Obama)米大統領(当時)の愛読書という評判が、挫折組の半分くらいを救済したかもしれない。

 オバマ大統領は「三体」第三部(英訳)の発売が待ちきれず、劉慈欣氏に何度もメールしたが、劉氏はまさかホワイトハウス(White House)からメールが来るとは思わず、最初の二通のメールはスパムメールとしてゴミ箱に入れていた。結局、中国の外交部に頼んで劉氏と連絡をとってもらい、出版前の原稿を出版社からわざわざ取り寄せて読んだという。

 タイトルの「三体」は、古典力学の「三体問題」から着想を得ている。宇宙にある三つの物質が互いに引き合えば、どういった運動をするか、という18世紀からの天体力学のテーマ。SFファン以外の読者にとっては「三体問題」自体もとっつきにくいし、第一部でページを割かれている文化大革命時代の描写も若い読者にとっては響かない。

 しかし、読み進めていけば、緻密に伏線が敷かれた推理サスペンス的な展開に次第に引き込まれていくことになる。三体運動によって過酷な自然環境を強いられている三体星が、地球の道徳価値観と相いれない、ナチス・ドイツ(Nazi)のような専制社会であるといった設定や、文革で父親を殺された恨みから人類滅亡を願う主人公のキャラクターは、欧米では政治的文脈で読まれがちだが、日本の読者は純粋にエンターテインメント小説として評価する声が多く、主人公の一人の汪淼(Wang Miao)と警官の史強(Shi Qiang)の関係にいわゆる「カプ萌え」(BL同人誌的ブロマンス要素を読み取りドキドキすること)を感じる感想などもあり、読み方が幅広い。

 日本でのヒットは、ケン・リュウ氏の英語翻訳版からの日本語翻訳がベースであったことも大きいのかもしれない。同氏の翻訳は中国人読者をして「原作より読みやすい」と言わしめた名訳といわれている。

「三体」現象について、中国の劉慈欣ファンたちは同国の現代文化輸出の成功例だと胸を張る。すでに中国で最も国際的影響力のあるソフトパワーの一つとなっているといっていいだろう。日本の読者たちが今読んでいるのはまだ「三体」の第一部のみ。第二部、第三部は加速度的に面白くなると期待して損はない。(c)東方新報/AFPBB News