持続可能な世界を実現するために、今、日本企業はパートナーシップを組み、一丸となって取り組んでいる。各企業が責任ある創造的なリーダーシップを発揮し、社会の良き一員として行動するための世界的な枠組みである国連グローバル・コンパクト。その日本におけるローカル・ネットワークとして2003年12月に発足したグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)の有馬利男代表理事に、フリーキャスター桑原りさが話を聞いた。

GCNJの創設と15年間の歩み

有馬 利男(ありま・としお)
国連グローバル・コンパクト 元ボードメンバー 一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン 代表理事

桑原氏:GCNJ、15年になるのですね。これまでの歩みを教えていただきたいのですが、そもそもどのような経緯で創設されたのですか?

有馬氏:国連グローバル・コンパクトは2000年、ニューヨークの国連本部の中に、事務総長直下の組織として誕生しました。そのローカル・ネットワークとして、日本では2003年にスタートしたのが、グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)です。

 日本企業では2001年にキッコーマンが第1号で国連グローバル・コンパクトに加盟しましたが、その時にはGCNJはまだ存在しませんでした。2002年に6社ほど加盟し、私も富士ゼロックス社長(当時)としてサインをしました。その時もまだGCNJはなかったです。その翌年、国連広報センター所長であった野村さん(GCNJ理事、野村彰男氏)の強力なサポートがあって発足したのです。当時は、加盟企業のCSR推進者が集まって情報交換や勉強会を行う、という性格の組織でしたね。2007年に私は国連グローバル・コンパクトのボードメンバーになりました。実際に国連のボードミーティングに行ってみると、様々な議論をしているのですが、それを日本で受けとめて反映・展開していけるような組織形態がなかったのです。

桑原氏:ショッキングでしたね。

有馬氏:全世界に展開しなければいけないことがいろいろ議論されるのに、その受け皿が日本にないのですよ。ボードミーティングに行っても私はただ聞いているだけで、実行するメカニズムがない。これではどうしようもないなと、創設時の協力者であった野村さん(前述)、それからずっとサポートしてくれていた後藤さん(GCNJ理事、後藤敏彦氏)、そして私の3人で、議論を重ねました。その結果、もっと企業の経営者が本格的に参加する組織にしなければということで、2008年に、経営者が主導する現在のような体制に作り直しました。

桑原氏:それを機に流れが変わりましたか?

有馬氏:ええ、随分変わりましたね。まず事務局を作りました。事務局の運営にはお金がかかるし、人も要る。そこで、まず理事会を作って、何人かの経営者の方にお願いして理事になっていただいて、初動資金もご提供いただきました。そして、出向の形で社員を事務局に派遣していただくこともお願いしました。

桑原氏:協力体制ができたわけですね。

有馬氏:理事会、事務局、そして今もファンドとして蓄積している運営資金なども助けていただいたことで、一気に変わったというのがその時ですね。

GCNJの活動の成果

桑原氏:今、振り返ってみて有馬さんはどのようなことをGCNJで成し遂げてきたと思いますか?

有馬氏:企業のリーダーの皆さんが参加して一緒に活動していく組織にしましたので、そこから動き始めたことの一つは分科会ですね。現在は13のテーマごとに分科会を作り、企業の中堅クラスの方が集まって勉強会や情報交換をしています。それから例えばサプライチェーン分科会が特にそうですが、自分たちの失敗や成功の経験を持ち寄ってガイドブックを作るということもしています。初心者向け、上級者向けに分けて、しかも日本語だけでなく英語、最近では初心者向けの中国語編も作ったり、そういうことを盛んに行っています。

桑原氏:分科会の活動頻度はどれぐらいですか?

有馬氏:公式に集まるのは毎月1回で、1年ごとのプログラムで活動しています。最近は参加メンバーが100人前後の分科会もあり、会議室の確保、名簿づくりや連絡、次に何をやるかなどの運営は、各分科会で3〜4人の立候補による幹事団が、参加者といろいろ議論しながら極めて自主的に行っています。

桑原氏:参加した皆さんはいかがでしたか。

有馬氏:そうですね、毎年総会の前後にシンポジウムがあります。そこでは分科会の人たちに登壇してアウトプットの報告やパネルディスカッションをしてもらいますが、その時などにはものすごく皆さん見るからに生き生きとして楽しんでいますよね。

桑原氏:具体的に、ここに入ったからこういう情報が得られたとか。

有馬氏:先日、海外のネットワークの方が来られて、日本の分科会の活動を知って、これは自分たちの国ではあり得ないと。その国では、競合する企業は絶対に席を同じくすることがないそうです。もちろん我々のところでも情報管理は皆さん気をつけているわけですが、異業種も同業者も含めて分科会で様々な議論をする。それが一つですね。

左から/桑原りさ(フリーキャスター、 Sweet Oblige by Asa & Lisa 代表)、有馬利男(グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン代表理事)

桑原氏:海外との繋がりも持てますね?

有馬氏:はい。海外とは、もちろん国連本部との繋がりは多々ありますし、リージョンごとのカンファレンスも年に何回か行われます。アジア・オセアニア地区での集まりもあります。我々が自主的に行っているのは日中韓ラウンドテーブルというシンポジウムで、年1回開催しています。今年が11年目ですが、ホスト役は持ち回りで、去年が韓国、今年が中国、来年が日本ですね。

桑原氏:では、同じ方向性で意識の高い人たちと出会う機会も多いでしょうね。

有馬氏:そういうことは言えます。ただ、韓国がホストの時、中国がホストの時、日本がホストの時と、それぞれ自分たちの色も出てきます。企業のメンバーだけでなく、ユース(大学生)も例年およそ各国10〜15名ほど呼んでいます。ユースが日中韓の混合でテーマを決めてグループを作り、そこに大学の先生方も加わって指導していただきながら、発表する、そういう場も作っています。

GCNJのもう一つの成果ですが、「明日の経営を考える会(AKK)」というのを作りました。経営者にSDGsやCSRを真剣に考えてもらう、あるいは勉強してもらう、そうでないと、経営者主導と言っても、わからない人が「やるぞ」とは言えない。ということで、我々が考えたのは、先ほど話した2008年の構造改革の時に、では次の経営者、つまり若手の執行役員ぐらいの人たちにやってもらおうということで、この会を作ったのです。一年間のプログラムにしました。若手の執行役員になりたてぐらいの人に、一年間CSRを真剣に考えてもらいます。

桑原氏:何歳ぐらいの方々でしょうか?

有馬氏:大企業だと執行役員クラスで、何人か中小企業の社長クラスの人もいますが、だいたい50歳前後ですね。年間20人程度で、講師は我々でお願いして、こういう趣旨をお話しすると本当に些少の金額でも喜んで来てくださいます。それがもう今年で12年目です。特徴は、そういう素晴らしい講師が来て手作りでやってくれるということと、一年間で修了するとネットワーク組織を作っていることです。OBOGが年に1、2回集まったり、同期で集まったり、いろいろ交流しています。経営者レベルに達した人が、例えば全日空の片野坂社長はAKKの1期生ですが、「AKKで勉強した」と言ってくれるのですよね。2期生で三菱ケミカルホールディングスの越智社長などもそうですね。専務や常務などもたくさんいて、CSR、SDGsを勉強した経営者が今、少しずつ増えてきています。こういうネットワークが今年で200人になりますから。


GCNJとSDGs

桑原氏:GCNJはSDGsへの取り組みとしては、具体的にどんなことをされていますか?

有馬氏:一つは、分科会の中にSDGs分科会があります。ここでは、SDGsの各ゴールの基本的な理解と、事例などをお互い勉強し合う、そういったことをしています。もう一つは、SDGsタスクフォースがあります。そこには、GCNJに関わっていただいている、博報堂の川廷さんを筆頭に、大和総研の河口さん、後藤さん(前述)、各企業のSDGsを牽引するエキスパートの方々、10数名が集まって、SDGsを日本でどう広め、掘り下げていけばいいかという、より深く突っ込んだレベルでの議論をしてもらっています。

桑原氏:企業の皆さんのSDGsへの意識、SDGsを通して社会課題に対する意識というのが、最近は変わってきていると感じますか?

有馬氏:そうですね。今までは、自分たちが従来からやってきているCSR系のいろいろなことをSDGsの各ゴールとマッチングして位置付けを理解する、そういう段階が多かったのです。SDGsを理解するという。ここに来てそこから少し先へ動き始めています。例えば、よくマテリアリティと表現しますが、重要性、特に企業の事業という柱で見て、あるいはステークホルダーの目から見て、そういう二軸で見た時に企業としてどういう課題が出てくるか、交点で見ると、例えば普段考えないようなコミュニティなど、違う視点で重要な課題というのが浮かんでくる。それが二軸で見る見方なのです。GRIというレポーティングの組織が最初に打ち出した考え方ですが、それをグローバル・コンパクトのSDGsガイドブックにも取り入れていて、今、企業はそういう手法で、我が社にとってのマテリアリティ、重要性、優先課題は何かという議論をして、では今度はいつまでに何をやればいいか、目標値を設定することになりますよね。重要性を認識して目標値を設定して時間軸を決めて、そして今度は中期経営計画のプランニングに入っていきます。今は多くの企業が目標設定ぐらいまで行っています。GCNJおよび公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)がとりまとめた「2019年度SDGs取組に関する実態調査」レポートにステップ1から5まであるのですが、ステップ1が「理解する」、2が「優先順位を決める」、3が「目標値を決める」、4が「経営に統合する」、5が「レポーティングをする」で、今はステップ2、3のあたりが多くて、ステップ4にあたる経営計画に入れ込んでいるという答えも12%ぐらいはあるのです。ステップ1の「理解をする」が2016年は54%だったのですが、今は31%に減ってきています。

桑原氏:なるほど。もう次のステップに行っているということですね。これは、SDGsが入ってきたことによって、CSR的だったものが、もっと攻めの経営戦略になってきたということでしょうか?

有馬氏:ええ、経営計画の中に、つまり事業の本流に入ってきています。そういう変化が見えます。

GCNJの今後の課題

桑原りさ
フリーキャスター、 Sweet Oblige by Asa & Lisa 代表

桑原氏:それは皆さん、刺激を受けますね。これからのGCNJとしての課題について、どう見ていますか?

有馬氏:もうたくさんありますが(笑)、我々が感じているのは、やはり経営者が本当の意味でSDGsを引っ張るというところには、まだ来ていないことです。我々にしても育ててはいるのですが、本当の意味でよくわかった経営者が引っ張っていくというところまでは、まだ。

桑原氏:それは、何が足りないと思われますか?

有馬氏:確かにCSR、SDGsを深く理解している経営者も増えてはいるのですが、一方でまだ聞いたこともないという方も結構います。やはり私が見るには、もう少しSDGsの本質をしっかり掴んで、経営の中に盛り込んでいくことが、もう少しできないといけない。

桑原氏:大手はESG投資が事業に直接関係してくるという危機感もあって戦略的にという気になるのかもしれないですが、中小企業はなかなか必要性を感じないのでしょうか。

有馬氏:そうですね。いろいろなアンケート調査を見ると、中小企業の経営層でSDGsを知っていて、内容も説明ができるという人は、全国レベルでは4、5%でしょうか。

桑原氏:そうですか・・・。ただ、若者は社会課題への意識が非常に高まってきていると言われています。ということは、これから消費者の目も変わっていくので、考えていないとリスクになるのかと思います。

有馬氏:今は、いわゆる一般消費者も同じく4、5%ですね。調査によっては、消費者の認識レベルの方が1、2%落ちるかもしれない。一方で、大学生に同じ質問をすると、倍ぐらいなのです。

桑原氏:そうですか!

有馬氏:大学生、今は高校生、中学生を含めて、SDGsの勉強やアクションをしています。

桑原氏:そうですね、学校現場で、先生たちがSDGsを活用していると聞きました。

有馬氏:例えば中学の入学試験にSDGsが出題されるなど、たくさんありますよ。もちろん中学生も高校生も大学生の認知度も、多いとは言え、まだ11、12%ですから、まだまだ広げないといけないという課題はあるのですが、一番大きな課題は、一般消費者の認知度がその半分ぐらいしかないことです。例えばドイツなど、再生エネルギーがどんどん広がっていますよね。今は全部で40%ぐらいあるのですかね。ドイツは再生エネルギーのコストが下がってきているとはいえ、それでもまだ高いのですが、消費者は知っていてそれを買うのですよ。お金がかかるのに。日本ではそうなりません。そこがやはり、世界の構造を変えていく一つの鍵なのです。

桑原氏:企業だけが変わるのではなくて、消費者も変わらないと。

有馬氏:一緒になって変わらないと。そこをどうやっていくかというのが大きな課題だと思っています。


教育への期待と、若者へのメッセージ

桑原氏:教育の話ですが、例えば私の出身地でもある熊本で、学校の先生などが現場で求めている、SDGsの教育をしたいけれども、知識がない、教えてくれる人がいない、という声も聞くのですが、どうなのでしょうか?

有馬氏:GCNJでも、大学レベルでは時々呼ばれて出前講義のようなことをしています。

桑原氏:たとえばネットなどでもできそうですよね。需要はあるのではないないでしょうか?

有馬氏:あると思いますね。

桑原氏:GCNJには、教育機関も加盟できますか?

有馬氏:もちろんです。大学、高校のグローバル・コンパクトへの加盟も結構あります。

桑原氏:そうですか!

有馬氏:私自身は今、高校生に、もう5年目ぐらいですかね、毎年夏場に教えに行くのですが、やはり難しいのですよね。CSRって何だという話をする時に、まずその前提として会社って何だという話をしないとダメなんです。会社ってどういう所だと。収益を上げると言っても、収益って何だと。

桑原氏:確かにそうなりますね。

有馬氏:そこからずっと紐解いていくから、そう簡単ではなくてね。逆に言うと教える人が本当に平易な言葉できちっと正しく説明できるぐらいに理解していないとダメなんですよね。だからこそ、教える側にとってもすごく勉強になるのです。

桑原氏:そうですよね!

有馬氏:だからぜひそういう活動が広まってほしいと思っています。

桑原氏:吸収力のある若者たちですからね。

有馬氏:大学入試なども最近では、無意味な記憶テストではなく、論文と面接で自分の関心事の話をするというような入学試験が増えてきていますから、非常に良いことだと思います。そのためにも、そういう教育をしないといけない。

桑原氏:若者に期待することは何でしょうか?

有馬氏:これから30年後、あるいは50年後、今15歳の子は社会のリーダーですよね。社会を担うわけです。ですから、これから50年後の社会に向けて、ぜひ考えていってほしいということと、今の我々、あるいはもっと若い人たちも含めて、50年後に対して責任を負えることをしなければいけないですよね。その両方をきちっと考えなければいけないと、そう思いますね。キーは50年後の社会だと。

桑原氏:そのためにも大人が、若者たちに考えるきっかけを与えることもだいじなのかなという気がします。

有馬氏:おっしゃる通りです。

桑原氏:そういう意味で、AFPWAAワークショップ、中高生たちが、プロが撮った報道写真を使って貧困や飢餓などいろいろなテーマを考えるという企画に、GCNJは協力していますが、参加する子どもたちに、有馬さんから応援メッセージをお願いします。

有馬氏:そうですね。今お話したように、これからの社会は、若い人たちが自ら、30年後、50年後に向けて、本当に自分たちが主体だと、自分たちが主役だと、そういう気持ちでぜひ引っ張って行ってほしいと思いますね。大人はそれに向けてのサポーター役だと思います。ぜひそういう強い気持ちで、今からいろいろなことに関心・興味を持って、行動してほしいなと思いますね。

桑原氏:自分たちの未来は自分たちの手にかかっているのだなと。

有馬氏:そうですね。

桑原氏:大人もそうやって生きていかないといけないですよね。わかりました。ありがとうございました。
 

左から/桑原りさ(フリーキャスター、Sweet Oblige by Asa & Lisa 代表)、有馬利男(グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン代表理事)
(企画・文責・写真撮影=有限会社ラウンドテーブルコム Active IP Media Labo、インタビュー=桑原りさ)
グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)
国連グローバル・コンパクト(UNGC)は、持続可能性と責任あるビジネスを約束する企業の政策形成のためのプラットフォームとして、2000年7月に発足しました。グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)は、2003年12月に日本におけるローカルネットワークとして発足し、 SDGsをはじめとする国連の掲げる目標の達成に向けて活動を推進しています。http://www.ungcjn.org/