「世の中の役に立つ」プロレス、子どもたちと共に 東京・板橋のご当地団体
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【4月26日 AFPBB News】「まだまだー! 君の力はこんなもんじゃないぞ。もう1回」。プロレスラーが、体の下に組み敷いた男児に向かって叫ぶ。
「ワン、ツー、スリー !」。カウントを取り始めると、男児は自分の3倍はあろうかと思われる巨体のレスラーを勢いつけて跳ね返した。フォールの体勢から逃れるプロレス技の「キックアウト」だ。3度目にしてやっと成功させた瞬間、応援していた周囲の児童からも大歓声が沸き起こった。
東京・板橋区の板橋第五小学校体育館で2月下旬に行われた、「キッズプロレス体験教室」。小学1年生から6年生まで男女25人と保護者17人が参加した。同区に拠点を置く「いたばしプロレスリング(いたプロ)」所属レスラー4人が、プロレスの基本動作や投げ技を指導した。
体験教室を締めくくるレスラー対「板五小チーム」の押し出しゲームでは、父親らの助けを借りた児童がレスラーを圧倒した。
「みんなで力を合わせると強い。その力で困った人を助けてあげよう。『やっつけてやろう』ではだめだよ」。いたばしプロレスリング代表のはやて(Hayate)さん(54)は、レスラーに体当たりして興奮気味の子どもたちに、諭すように話した。
■プロレス技にメッセージ
いじめや学級崩壊といった深刻な事態に至らなくとも、集団による「いじり」やいたずら心で相手にケガをさせるなど、さまざまなことが起こりうるのが子どもの閉じられた世界だ。子どもたちは、仲間うちで形成した序列や力関係の中で解決に走ることも少なくない。周囲の大人たちの助言を軽視する子もいれば、相談することをあきらめてしまう子もいる。
「君たちがのびのび暮らせるように守っているのが大人だ。強い大人は、いじめたりしない」。はやてさんは、頼れる大人の存在感を子どもたちに示そうと、父親たちの参加を呼びかけた。
指導するプロレス技にも、メッセージを込めた。弱い力でも効果的に使えば相手を投げ飛ばす威力があるメキシコの技「ラティゴ」、何度でも立ち向かうあきらめない心がものを言うキックアウト、そして、相撲に似た押し出しゲームは、団結して力を合わせることだ。
昨今は、「ご当地プロレス」が全国各地で創設され、ちょっとしたプロレスブームだ。旗揚げから5年目のいたプロが異彩を放つのは、子どもとの交流を重視する徹底した地域密着ぶりだ。暴力的な印象もあるプロレスだが、「ハッピーロードマン」「トキワダイオー」など、商店街や町の名を冠した所属レスラーたちがアクロバチックな技を披露する大会では、リングサイドの客席に家族連れが目立つ。真剣勝負かと思えば、ユーモラスな駆け引きで観客を笑いの渦に巻き込んでいる。
いたプロは2016年、地域で活動する団体として区が認める団体となり、区が主催するイベントなどにも参加している。子どもたちの体力向上を目指す取り組みや、地域産業への貢献が評価されたのだ。現在は区内の4商店街組合、2町会が共に会場設営やチケット回収を手伝い、興行を盛り立てている。
「地域への誇り、愛着、応援したくなる気持ちをいたプロはうまく醸成してくれている」と、同区産業経済部くらしと観光課の織原真理子課長。区は、今年9月に予定されているいたプロの5周年記念大会を共催する方針だという。
■「親子を笑顔にすれば、街に元気が広がる」
千葉県出身で、東北のプロレス団体「みちのくプロレス」で活躍したはやてさんが「恩返しをしよう」と板橋に思いを寄せるのはなぜなのか。
「みちのくプロレス」の現役レスラーだった頃は、妻の実家がある板橋区に妻や子どもを残し、全国巡業に明け暮れていた。若手レスラーの養成にも力を入れたが、メインイベンターとして期待していた教え子たちは自分のもとを去って行った。教え子との間にできた溝に気付かなかったことにショックを受け、一度は引退を決意した。
しかし、自分からプロレスを取ったら何が残るのか。不安に押しつぶされそうになっていた時に、「辞めてはいけないよ。まだまだ役割がある」と手を差し伸べてくれたのが、板橋区の商店街の人たちだったという。
以来、はやてさんは区内に限定した大会を開催し、町のイベントや祭りへ積極的に参加している。「親子を笑顔にすれば街に元気が広がる」との信念のもと、幅広い年齢層が楽しめるプロレスが持ち味だ。
「スターになりたい人は、ほかの団体のほうが合っている。プロレスがどう世の中の役に立つかを考えている人たちが、ここに集まっているのです」。14年の旗揚げ時には7人だった所属レスラーも、14人に増えた。
女性レスラーのまるこさん(23)は、他団体から移籍し、区内に引っ越してきたうちの一人だ。先ごろ、けがからの復帰戦を飾ったばかりだ。昨年4月に膝の前十字靱帯(じんたい)の再建手術を受けた。実戦から遠ざかっていた10か月間は、焦る気持ちを抑えながらリハビリに励む一方で、ハロウィーンやクリスマス、餅つきなどの催しに参加して、のべ500人以上の子どもたちと触れ合った。
「ここはみんな温かい。イベントでは、子どもたちに力をもらいました」。復帰戦では、より大きな声援を受け、リングを降りた後も子どもたちとハイタッチを繰り返した。
■「相手の持ち味を引き出す」のがプロレス
「八百長だ」などともやゆされるプロレス。だが、「相手の持ち味を存分に引き出して、最後に勝つ『受けの美学』が魅力だ」と言うファンもいる。板五小での体験教室を終えた子どもたちの中には、参加してくれた保護者に感謝しながら、「これからは下級生をやさしく引っ張り、頼られる6年生になりたい」と言う児童もいた。持ち味を引き出すという、プロレスの妙技ではないか。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi