■妻、息子と離れ収容所で過ごす日々

 ISは2014年、シリアとイラクにまたがる「カリフ制国家」の樹立を宣言した。スフィヤンさんはその翌年、欧州とトルコを抜け、2015年3月シリアに入った。当時、シリアは内戦4年目に突入していた。

 1か月の軍事訓練を受け、軍に配置されたが、戦闘に参加したことはないと主張する。「私は戦っていない。誰も殺していない」

 その代わり、ISが「首都」と称し重要拠点にしていたシリア北部の都市ラッカ(Raqa)の病院に雇われ、ドイツでの12年の経験を活かし、整形外科靴職人として働いていたと訴える。

「そこで、義肢の作り方を教わった。YPGに捕らえられるまで、整形外科靴と義肢を作る仕事をしていた」と、スフィヤンさんは語った。

 スフィヤンさんは2016年、イドリブ(Idlib)北西部出身のシリア人女性と結婚し、息子が生まれた。

 一家はラッカで暮らしていたが、2017年、YPG率いる勢力がラッカを包囲したため、ISが支配する東部の都市マヤディーン(Mayadeen)へ逃れた。マヤディーンでも同じ仕事をしていたが、そこでもロシアの支援を受けたシリア政府軍による攻撃が始まった。

 その頃にはISに嫌気が差していたため、密輸業者を雇い、家族3人をYPGの検問所まで連れて行ってもらった。

 1年後の今、スフィヤンさんは妻と息子と離れ、クルド人が運営する収容所に拘束されている。スフィヤンさんは、家族との再会を心から望んでいる。

 クルド当局によると、現在拘束しているISメンバーの外国人は、男性約520人、女性約550人、子ども約1200人に上るという。彼らの出身国は44か国に及んでいる。

 今年5月に公表された欧州議会(European Parliament)の報告書によると、ドイツ政府は、イラクとシリア国内にドイツ国籍だと主張する子どもが290人存在すると推定している。

「ドイツに戻ることができたとして、政府が私を罰したいのなら、それを受け入れて刑務所に入る」と、スフィヤンさんは語った。「今でも妻と息子が恋しいので、刑期が長期にならないことを願う。」(c)AFP/ Delil Souleiman