■断たれる家族の絆

 地元自治体と開発業者が契約を結ぶこうした状況は、中国の歴史的な場所では珍しくない。1999年には上海に近い烏鎮(Wuzhen)の古くからある「水の都」の全住民が立ち退きを余儀なくされた。現在、烏鎮を訪れる観光客は、運河を舟で巡るツアーに1回200元(約3300円)を支払っている。

 こうした地元自治体には、歴史遺産を保護するよう圧力がかけられている。だが、結果として生まれる事業は、「商業的になりすぎることが多く、草の根的な視点が考慮されることはほとんどない」と、米ニューヨーク大学上海校(New York University Shanghai)の文化遺産ビジネスの専門家、レクサ・リー(Leksa Lee)氏は言う。

 昨年の秋、抗議行動に出たウーさんや近所の人たちは逮捕され、数日間、勾留されたという。同じころ、60歳のルーさん一家が代々住む、最近改築したばかりの家には何者かが押し入り、価値ある骨董品を奪っていった。

 ルーさん宅の改築の際には、国外にいる親戚も資金を助けてくれたという。ルーさんは、先祖を祭る祭壇に小さな茶わんと箸を置きながら、「この家を潰してしまうということは、わが家の絆を断ってしまうということだ」と語った。

 米国の航空会社で客室乗務員として働くパウリンダ・プーン(Paulinda Poon)さんも赤坎で育ち、国外からたびたび帰って来る元住民の一人だ。最近、訪れたときに、昨年とは打って変わって「ゴーストタウン」になってしまっているのを見て驚いた。

 川岸にいた住民の一団に、弁護士に相談したのかと声をかけると、1人の男性からは「誰が助けてくれるっていうんだ?」という答えが返ってきた。

 プーンさんは、立ち退かされた住民のための仮設住宅に、年上のいとこの女性を訪ねた。猛烈に暑い鉄筋の建物の中で、いとこは泣き崩れた。彼女の家族は散り散りになってしまい、この半年で彼女を訪ねた人物はプーンさんが初めてだった。(c)AFP/Joanna CHIU