■子どもに継がせたくない「リスキーなビジネス」

 エベレストの登山産業で働くために資格は必要ない。ツアー会社によっては、登山スタッフに短期の研修コースを一つ、二つ課すところもあるが、研修がない会社もある。

「セブン・サミット・トレック」のミンマ・シェルパさんは、ネパール山岳協会(Nepal Mountaineering Association)の研修コースは意味がない、すべては山で学べるはずだ、と言う。

 一方、同じくネパールを拠点とする同業、アジアン・トレッキング(Asian Trekking)のダワ・スティーブン・シェルパ(Dawa Steven Sherpa)さんによれば、同社ではスタッフ全員に山岳協会の研修コースを修了させている。同氏は、格安ツアー会社がコスト削減のために経験の浅いシェルパを雇っていると批判した。

 登山シーズンの4月から5月にかけて、熟練のシェルパならば1万ドル(約110万円)ほどを稼ぎあげるだろう。これはネパールの平均年収の14倍に当たる。だが、最底辺レベルのシェルパでは、この危険な仕事に対して、ようやく1000ドル(約11万円)をかき集められるかどうかといった程度だ。

「顧客たちが危険に目をつむって安さを選んでいるとすれば、これは顧客たちの過ちでもある」とサンジさんは語った。

 セブン・サミット・トレックのエベレスト登山料金は約2万ドル(約220万円)で、他の業者の3分の1以下だ。同社はシェルパの不足について、次世代の育成に投資しない他社のせいだと非難する。「彼らは熟練したシェルパしか雇わない。新しいシェルパの育成のために、余分な資金を費やしたくないんだ」とミンマ・シェルパさんは言う。

 別のツアー会社、「ヒマラヤン・エクスペリエンス(Himalayan Experience)」のシェルパのリーダー、プルバ・タシ・シェルパ(Phurba Tashi Sherpa)さんはエベレスト登頂を21回、果たしたことがある。だが、自分のチームのために経験のあるシェルパを見つけることはますます難しくなっていると言う。

 山岳ガイドは自分たち自身の成功の犠牲者になりつつあるといっても過言ではなく、エベレスト登山のガイド業界は世代交代の転換期にある。

 商業登山が開始された1990年代にキャリアを開始した熟練シェルパは今、引退しつつある。屈強で献身的な働きをするとの評判を買われてネパールを離れ、山岳観光のライバル国へ移住したシェルパもいる。彼らは首都カトマンズだけではなく、インドや米国といった外国へ行っても子どもに教育を受けさせることができるだけの稼ぎを上げてきた。

「別の仕事を見つけることができるように、子どもたちに教育を受けさせるんだ」と、1994年からガイドをしているカミ・リタ・シェルパ(Kami Rita Sherpa)さんは語る。自分の息子には「こんなリスキーな仕事」をすることは許さないと言う。「昔からの山岳ガイドが自分たちの子どもをこの業界に入れなければ、シェルパの数は減るにきまっている。次世代のシェルパは、ガイドをしなくなるだろう」

(c)AFP/Annabel SYMINGTON