■言語の政治

 先住民たちが歌うヒップホップは、サブジャンルとして米国やカナダで耳にするようになっている。彼らの詩もラップの草分けであるアフリカ系米国人たちのものと同様、不平等について訴えていることが多い。

 米ミネソタ(Minnesota)州ミネアポリス(Minneapolis)やセントポール(St. Paul)は、その躍動する音楽シーンや先住民の遺産とともに、先住民ヒップホップの中心地となっている。地元ラッパーのトール・ポール(Tall Paul)さんは英語とアニシナベ語の両方で歌う。

 彼の楽曲「Prayers in a Song」には、アメリカ先住民の最も古い言語の一つである祖先の言葉を学ぶ際の苦労を歌ったもので、コーラス部分ではスピリチュアルな強さを呼び起こすためにこの言語が使われている。英語部分の歌詞では「言葉への敬意 神聖なものを復活させる義務を感じる/実現しなければ民族の名誉が傷ついてしまう」と歌っている。

 一方、ノルウェー極北のラッパー「スリンクレイス(SlinCraze)」ことニルス・ルネ・ウッツィ(Nils Rune Utsi)さんは、自らの言語であるサーミ語で語りかける新たなラップの形式を生み出した。

 作品の一つ「Suhtadit(「議論」の意)」には米白人ラップアーティストのエミネム(Eminem)の影響が色濃く、凄みのあるバッキング・リフをバックに早口で歌詞がまくし立てられている。動画には群衆を前に立つ牧師やトナカイに狙いをつける仮面の集団といった象徴が多数登場する。トナカイの遊牧は昔からサーミの民にとって生きる術だった。

 スリンクレイスはラップの中で「そうさ、僕はサーミだ。僕らのシンボルは破壊され、僕らの言語は踏みつける。奴らはやりたい放題。奴らはそれができるんだ」と歌う。