【1月12日 AFP】ここまで美しいものだったとは──。スウェーデンの少数遊牧民族サーミ(Sami)を、私はずっと以前から撮影したいと思いながら、そんな機会には絶対に恵まれないだろうという気がしていた。だがそれがついに現実のものになると、想像していたよりもさらに壮観で、驚きにあふれた経験となった。

(c)AFP/Jonathan Nackstrand

 サーミは、今日のスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、ロシアの北部に当たる地域で何千年も前から暮らしている民族だ。その生活様式は、年間を通して行動を共にするトナカイと密接に結び付いており、夏には高地へ、冬には山裾へと移動する。その遊牧ルートのせいで、土地所有者をはじめ、鉱業業者や風力発電会社とぶつかることもままあるため、サーミはよそ者に対する警戒心が強い。ジャーナリストに対してはなおさらだ。

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 彼らの生活の様子をどうしても撮影したいと思い至った私は、サーミの複数の村にメールを送ってみた。結果、ラップランド(Lapland)のディカナス(Dikanas)村のマルガリエット(Margaret)さんが返信してくれた。

 マルガリエットさんから、撮影の意図や写真の使途について、徹底的な質問を受けた。私は、ただサーミの暮らしを見せたいだけだと答えた。何度かやりとりしてルールが定まると、最終的に承諾してくれた。

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 口には出さなかったものの、心の奥で期待していたこともあった。かつてサーミは、冬と夏の放牧地を行き来する際、トナカイと一緒に歩いたりスキーをしたりして移動していた。だが現在は冬の訪れが遅く、秋の地面が柔らかいために徒歩で山を下りることができない。そこで今ではトナカイを移動させるのに、ヘリコプターから四輪バイクまで、さまざまな手段を駆使している。

 私は秋にある村で取材させてもらい、他意がないことを分かってもらえれば、春の移動に同行させてもらえるだけの信頼関係が築けるだろうだと考えていた。春の旅の方が長く、本物の素顔を映し出せる、特別な写真が撮れるはずだと見込んでいた。結局、2つの村が計1万頭のトナカイを放牧している地点に、丸3日間滞在させてもらうことができた。

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 放牧サイクルのこの時点では、トナカイを大きな柵の中に囲い込み、家族ごとに異なる印を子どものトナカイに付けていく。その後はトナカイは各家族ごとの小さな囲いへと移され、そこで冬場下の放牧地へ連れて行く群れと、食肉処理場に送る群れとに選別される。

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 トナカイはスウェーデンの伝統の象徴的存在だ。コーヒーカップからカレンダーまで、ありとあらゆるものにそれらしきモチーフがあしらわれ、またトナカイの肉も珍味として高い人気がある。それに、トナカイの遊牧民の話もよく耳にする。以前から知っているし、写真もたくさん見てきたはずなのに、実際彼らが何をどのようにしているのかについては、はっきり把握していなかった。

 新しい場所に取材に行くと、そこに慣れるまで少々時間がかかるので、初日にすごい写真が撮れるとは期待していなかった。ところが実際はその初日の写真が、最高のショットになった。

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 取材の窓口になってくれたマルガリエットさんが、これから起きようとしていることを説明してくれた。トナカイはあちらから来て、こちらへ囲われて、といったようなことだ。

 すると突然、地面が揺れ始めた。何百頭ものトナカイが丘を下りてきたのだ。私はとにかく一行の先頭について行った。トナカイを囲い込む中心地に着いた時、朝日が昇ろうとしていた。全てが非常に美しい姿を見せ始めた。

 トナカイはおびえると、円を描くように走る。この時も太陽が出た時点で、トナカイたちは砂ぼこりを巻き上げながら円を描いて走り回っていた。その神秘的な光景は冷気も相まって、本当に見事な瞬間を生み出した。とにかくこれ以上ない素晴らしい日になった。何もかもが美しくて仕方なかった。どれだけ強調しても強調し足りないほどだ。ただただきれいだった。

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 私は興奮しきっていた。どの店も午後5時に閉まるとは知らなかったので、前もって食べ物を買っていなかった。この宿泊所に滞在することになっていて、私のために小部屋の一つを開けてくれていたのだが、私が戻った時には何もかも閉まっていて、結局夕食を抜く羽目になった。それでも全然気にならなかったほどだ。全てがあまりに美しく、高揚感のまま作業に没頭した。

 放牧方法は、時代と共に一変してきている。昔のサーミは、トナカイと一緒に放牧地から放牧地へと移動していた。11~12月には一帯が凍り付いていたので、地面も点在する湖も容易に通過できた。

 だが今は気温が高い。冬の放牧地まで行くのに通らなければならない場所の大半が泥沼になっており、トナカイにとっても人間にとっても厄介だ。そこでサーミは現代的な手法を取るようになった。トナカイをある地点まで移動させると、そこから先は約250頭ずつピックアップトラックに載せて、冬の各放牧地まで搬送するのだ。200キロほども離れた場所まで、3~4時間かかることもある。

 春は今も地面が凍っているので、昔ながらの手法が残っている。これらの村々と良好な取材関係を築くことができたので、春の移動時にもまた戻ってくるつもりだ。その時も今回同様、素晴らしい写真が撮れるはずだ。

 現代式になったもう一つの点は、トナカイの追い方だ。かつてはスキーで追ったものだが、スノーモービルが登場すると、これらを活用し始めた。ただスノーモービルは泥の中では使えないため、秋の移動時には四輪バイクや、ヘリコプターが使われることも多い。超低空飛行させれば、そのごう音もトナカイを追うのに非常に役に立つ。

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 3日間の滞在中、私は2つのことに最も心を打たれた。何よりあらゆるものが美しかったこと。あそこまできれいだとは、夢にも思っていなかった。

 もう一つは、サーミの仕事がいかに大変かということだ。要するにカウボーイの仕事なのだが、ここは米国西部ではない、北欧の北の端なのだ。私も2日目にはそのつらさを実感した。その日は撮影面では一番成果がなかったものの、サーミが乗り越えなければならない苦労を身をもって知ることができた。

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 私は動画を撮影しようと、四輪バイクの後部座席に座らせてもらった。だがあまりに揺れるので、映像は使い物にならなかった。泥の中にはまり込んでしまったこともあった。皆いったん降りて、バイクを押し出そうとした。すると私の左足も泥に飲み込まれてしまった。氷のように冷たい泥の中で往生した。1分半かかってはい出すと、今度はもう一方の足が泥にはまってしまった。周りにいたサーミの人々は、「これでわれわれの苦労が少しは分かっただろう」と笑った。(c)AFP/Jonathan Nackstrand

このコラムは、スウェーデンの首都ストックホルム(Stockholm)に拠点を置くジョナサン・ナックストランド(Jonathan Nackstrand)カメラマンが、AFPパリ(Paris)本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2016年12月21日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

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