【12月29日 AFP】祖国を逃れる前、タラル・ランクッシ(Talal Rankoussi)さん(41)はシリアの首都ダマスカス(Damascus )にある「世界最大のレストラン」でシェフをしていた。6000人以上が一度に食事をとれるレストラン「Bawabet Dimashq(英語名:ダマスカス・ゲート、Damascus Gate)」の座席数のギネス世界記録(Guinness World Records)は、今も破られていない。

 だから、命がけの旅でたどり着いたギリシャの難民キャンプで同じ身の上のシリア人たちのため食事を作ってほしいと米国人慈善家に頼まれたとき、料理人として20年のキャリアを持つタラルさんにためらう理由はなかった。

 3人の子どもの父親でもあるタラルさんは今年2月、「プラスチック製のタイヤに乗って、雨の中、海を越える死の旅」を敢行した。エーゲ海(Aegean Sea)を渡った先で身を寄せたギリシャ・アテネ(Athens)郊外のリツォナ(Ritsona)難民キャンプで配られたのは、「ちゃんと火が通っていない、質などお構いなし」の食事だったと話す。

 そこへやって来たのが、元投資銀行家の米国人、キャロライン・ロッカフェロー(Carolynn Rockafellow)さんだった。スイスの金融大手クレディ・スイス(Credit Suisse)などで30年にわたり働いたロッカフェローさんは昨年、ギリシャへ移住。リツォナに暮らす700人の難民たちのため、個人資産と友人からの寄付を元手に「カフェ・リッツ(Cafe Rits)」を開いたのだ。

 カフェの運営予算は週に3000~5000ユーロ(約36万~60万円)ほど。週に数回、支援者が近くの島にあるスーパーマーケットから食材を仕入れてくる。タラルさんによれば、キャンプに暮らす人々は毎日、野菜や肉をもらって自分たちで料理するか、調理済みの食事を受け取る。「肉は週に1回、野菜は2~3回、調理された食事は週2回」だという。食事はキッバやファトーシュ・サラダ、マクルーバ、ムハンマラ・ディップなど、定番のシリア料理ばかりだが、食材はほとんどがギリシャ産だ。

「カフェ・リッツ」は、タイヤのない大きなキッチンカーのような存在だ。水道はなく、水はたらいで運び込む。暖房もない。それでもロッカフェローさんは「難民の人たちを力づけたかった。故郷の味を通じて、文化を取り戻してほしかった」と話す。

 タラルさんは欧州の複数の国に難民申請を行っている。だが、チャンスさえもらえるならばギリシャに腰を据え、シェフとして常連客相手に料理の腕を振るうことになっても「まったく問題ない」という。「それこそ私のやりたいこと、私の仕事だ」と、タラルさんは笑顔で語った。(c)AFP/John HADOULIS,Louisa GOULIAMAKI