■試合前に神秘のせっけんで身を清める

 エロワさんとイドリサさんの試合は数秒で決着がついた。2人が組み合うと、エロワさんはイドリサさんを高く持ち上げて地面に叩きつけたのだ。

 イドリサさんは「私は勝てなかった。マラブーに顔向けできないよ」と気落ちした様子で語った。マラブーとはイスラム教の聖者のことだ。

 大会を前にイドリサさんは、過去の大会の賞品として手に入れたオートバイに乗って、自宅から約20キロ離れたマリ国境に近い村ティシ(Tissi)に行っていた。その村にいるマラブー、ロッセニ・コナティ(Losseni Konati)師から祝福を受けるためだ。

 コナティ師宅の庭で順番を待った末にイドリサさんは、伝統的な長いローブを着て、片手に数珠を持った60歳前後とみられるコナティ師から、数種の植物の匂いがする小さな四角い神秘的なせっけんがいくつか入った籠を授けられ、試合前の朝と夜にそのお守りのせっけんで身体を洗うように言い渡された。しかし今回は、そのまじないやイドリサさんの祖先への祈りだけでは十分ではなかった。

 ブルキナファソでレスリングは「太古の昔から」家族の問題だったと、イドリサさんの父親で自身もレスリング選手だったアダマ・ゾン(Adama Zon)さんは語る。

 アダマさんの祖先は鍛冶工の仕事を稼業としていた。現在アダマさんは息子と共に電話の修理の仕事をしているが、祖先が鍛冶の技能を持っていたということは、一族に神秘的な力があるということだと信じている。

「対戦相手が目に見えないひもで誰かを縛っていたら私にはそれが見え、その縛りをほどき、別のまじないをかけることができる」と、アダマさんは言う。「私たちは子どもが産めない女性を治療することもできる」