■「小娘」から女性初の「首相」へ

 アンゲラは1954年、ドイツ北部のハンブルク(Hamburg)に生まれた。父親はルーテル(ルター派)教会の牧師で、一家はアンゲラの誕生から数週間後に共産主義の東ドイツにある小さな町へ引っ越した。当時は東から西を目指す人の方が多く、時代の流れに逆行する転居となった。

 メルケル首相の伝記を手掛けた作家らは、アンゲラが自身の本当の思いや意図をポーカーフェースの裏に隠すようになったのは、警察国家に暮らした経験からだと分析している。

 学業優秀だったアンゲラは、ロシア語も堪能だった。それはウクライナとロシアの緊張関係緩和のため、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)露大統領と協議した際にも役立った。ちなみにプーチン氏は、1989年にベルリンの壁(Berlin Wall)が崩壊した際、旧ソ連の国家保安委員会(KGB)の職員として東ドイツに赴任していた。 

 量子化学で博士号を取得したアンゲラは、ベルリンにある研究所に就職したが、間もなく当時結成されたばかりだった政党「民主主義の出発(DA)」に加わった。

 同党はその後、当時ヘルムート・コール(Helmut Kohl)元首相が率いていたキリスト教民主同盟(CDU)に合流。その頃のコール氏はアンゲラを、かわいがる気持ちと同時に自分よりは目下の者という意識から「あの小娘」と呼んでいた。

 しかしアンゲラを見くびり、後にその代償を支払わされる目に遭った政治家は少なくない。コール氏もそのうちの一人だ。1999年に選挙運動絡みの献金スキャンダルが発覚すると、「老兵」を自任していたコール氏の首にアンゲラはナイフを突き付けた。党に対し、コール党首の解任を呼び掛けたのだ。

 この大胆不敵な動きで耳目を集めたアンゲラは2005年11月、同国史上最年少というだけでなく、女性として初めてドイツ首相に就任した。