■顔をもった悲劇

 私たちがここにいたのは、警察による一斉捜査を撮影するためであることを、フアンは知っていた。それから、自分が夢に向かう過程の一端を、私たちが目撃したことも知っていた。

 列車を追いかける前に、私たちは10キロほど先の地点で出入国管理当局の車両を目にしていた。車のヘッドライトを消しながら近づいた私たちの車内では、意見が割れていた。警察に取材が来ていることを分からせるべきか、それとも隠しておくか。私たちはその間の選択肢をとり、ゆっくりと警備隊のトラックの前を横切った。警官と私服の男たちが一斉捜査に備えていた。銃を持つ者もいれば、警棒を持つ者もいた。

 待機状態に入った。私たちがいた細い脇道では、カーナビの衛星電波は消え入りそうだったが、幸い電話の電波は入っていた。そこで私たちは手分けし、1人は人権委員会に今まさに真横で警察の奇襲が始まろうとしていることを、もう1人がメキシコのAFP支局に現在地を伝えた。

 列車が来た。「怪物」はうめき声を上げて止まった。私のカメラは回っている。1秒たりとも逃さず撮りたかった。私たちは線路に近づいた。警察が私たちに手を出さないか、少々心配しながら。

 警察はフラッシュライトを周りの熱帯雨林、粗末な民家、そして列車の方へ向けた。私は警官たちを撮りながら、移民たちが逃げ出したときに分かるよう目の隅で追っていた。移民の一団が警官に取り囲まれているのが見えた。「降りろ、降りろ!」。私たちは、フアンが列車から引きずり降ろされるのを見た。彼の希望はまたも打ち砕かれた。

 私のカメラの照明の中で、彼は落胆、悲しみ、怒りの感情をすべて一度に見せているようだった。フアンたちは「犬小屋」と呼ばれている警察のバンへと連れて行かれた。私たちと一緒にコーヒーを飲み、話をした何人かは、私たちをにらんでいた。その目はこう言っているように思えた。「裏切り者め、俺たちを売ったな」

 バンのドアがバタンと閉まると同時に、フアンのアメリカンドリームも閉ざされた。彼はホンジュラスへ強制送還されるだろう。これで2度目だ。カメラはまだ回っている。

 車に戻ると、噴出していたアドレナリンも収まってきた。そして自問し始めた。私たちは、彼らに警察の手入れがあることを警告すべきだったのではないか?彼らの携帯電話の番号を聞いておいて伝えるべきだったのではないか?たとえ番号を聞いていても、果たして電話しただろうか?答えは出なかった。カメラの電源を切り、車を発進させた。

 私たちが彼らに警告しなかったから、今よりもましな暮らしを求めて大きな危険を冒す何万人もの移民の若者たちのことを記事にすることができた。でも私たちが警告しなかったから、フアンはホンジュラスに送還される。けれど彼はまた、ひるむことなく米国へ向かおうとするだろう。

 夢を打ち砕かれたこの10代の少年は、ジャーナリストとしての私の記憶の迷宮の中で、特別な存在として残り続けるだろう。フアンは顔をもった悲劇であり、ある悲劇を思い起こせば、そこに彼の顔が浮かぶ。(c)AFP/Daphné Lemelin

この記事は、AFP-TVメキシコ支局のダフネ・レメリン記者が書き、7月28日に英語で配信されたコラムを翻訳したものです。