無名DFのトップチーム昇格で波紋、父はプーチン大統領の友人
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■ベンチを温め続ける日々
4歳の時、家族とともに移住したフィンランドでサッカーを始めたロテンベルク・ジュニアは、ロシア人実業家のロマン・アブラモビッチ(Roman Abramovich)氏がオーナーを務めるイングランド・プレミアリーグの強豪チェルシー(Chelsea)で、ユースチームのトライアウトに参加した。
しかし、ここでは芽が出ず、ロシアに戻って国営ガス会社ガスプロム(Gazprom)が所有するゼニトでプレーする機会を与えられたが、ここでも首脳陣の目にはとまらなかった。
FCシンニク・ヤロスラヴリ(FC Shinnik Yaroslavl)とサトゥルン・ラメンスコーエ(FC Saturn Ramenskoye)にレンタル移籍し、出場わずか5分という苦い経験をしたロテンベルク・ジュニアは、その後、父親の銀行がスポンサーを務めるFCヒムキ(FC Khimki)で13試合に出場したが、チームを降格圏から救出することはできなかった。
期限付きで移籍したマッカビ・テルアビブFC(Maccabi Tel-Aviv)とFCアラニア・ウラジカフカス(FC Alania Vladikavkaz)で成績を残すことができなかったロテンベルク・ジュニアは、FCヒムキの元スポーティングディレクターの口利きで、2011年にディナモに加入した。
しかしここでも、プーチン大統領の柔道仲間だった父親がクラブの会長に就任するまでは、出場機会が与えられていなかった。