■競技能力向上に日本が一役

 初めてスーダンを訪れたのは2014年11月。砂川コーチは十分な手応えとともに、その月の終わりに日本に帰国した。ところが2月に再訪した際には多くの選手が練習を中断していたという。

 ハルツームで暮らすヌバの人々は、22年に及ぶ内戦で荒廃した南コルドファン(South Kordofan)州を故郷としている。さらに同地では2011年、アラブ系主導の政府と不満を抱いた旧反政府勢力との間で衝突が起きた。

 選手たちは、生活のために仕事に戻らねばならず、練習のための時間を確保することが難しいというのが現状だ。練習の視察に訪れた同国五輪委員会の事務局長を務めるアハメド・ハシム(Ahmed Hashim)氏は、「十分な練習量をこなせていないし、トレーニング設備も不十分だ。我々にあるのは、非常に古い伝統的なヌバのレスリングだけだ」と話す。

 練習が行われている体育館では、窓の多くは割れ、空調設備もない。それでも日本大使館とスーダンのレスリング連盟が探した中では最も恵まれた施設だった。

 五輪に向けてのハシム氏の望みは高く、彼の最初の目標は2016年のリオデジャネイロ五輪もしくは2020年の東京五輪の参加資格をまずは勝ち取ることだという。そして「長期的な目標は、レスリングをメダルを狙えるような得意種目にすることだ」と続けた。

■レスリングを通じて平和構築

 日本大使館の反町将之(Masayuki Sorimachi)大使は、スーダンにメダルをもたらしたり、日本との関係を構築したりすることだけがこのプログラムの目標ではなく、コミュニティー間に存在する社会的な摩擦の解消も念頭に置いていると話す。同大使は、スポーツを通じて人は結束できるとしながら、このプログラムが平和と安定のシンボルとなり、スーダン国民の団結の象徴となり得るかもしれないと期待を寄せる。

 もちろん、選手たちにとっても子どもの頃から身につけた技術をさらに伸ばすまたとないチャンスだ。

 砂川コーチの指導を受けたウィサム・モハメド(Wissam Mohammed)さん(18)は、その技術とパワーを見込まれて日本に行くことが決まった一人だ。

 モハメドさんは「日本人が来てトレーニングしてくれた。技術が身につき、とてもためになった」と同プログラムについて述べる。さらに「僕は2020年のオリンピックに参加したい。もし神様がそれを望んでいるならば、僕は銅メダルを持ち帰り、スーダン国旗を掲げてみせるよ」と意気込んでみせた。(c)AFP/Tom Little