■洋服の文化を育てていくことの重要さ

 この連載でも取り上げ、今年一番ファッション業界の話題になった流行語“ノームコア”は、まさに時代がラグジュアリーからノーマルへ、さらには外見での差別化競争の転換期であることを示した言葉だ。その転換期において、新宿伊勢丹本店リニューアル時に掲げたスローガン「世界最高のファッションミュージアム」を標榜する大西氏は、ファッションのこれからの価値をどう捉えているのか。

「人類の歴史において、日本の歴史においても“着るもの”はとても大事だと思っています。なので、百貨店業界がどうこうの話ではなくファッション=流行としての洋服を取り戻していかないと、ファッションの業界全体が縮小していってしまいます。ですから私たちは売上効率でブランドを選んでいません。例えば、うちに入っているあるブランドはとても売上効率が悪いんですが、そのブランドはデザイナーが洋服づくりに熱中していて、売上の7割以上が洋服というケースもあります。他のブランドは会社の業績を上げるためにハンドバッグや靴にシフトしていくのが実際のところで“君たちはデザイナーとして洋服の文化に対してどう思っているんだ”と聞くと返事がない。それは悲しいことです これからもライフスタイル型のお店は伸びるでしょうが、洋服をどうやって育てていくかはとても重要だと思います。百貨店業界に対するスタンスとしては、もう一度ファッションとしての洋服を伸ばしていきたい。でも現実的には、ライフスタイルのバランスが衣料に偏っていたことも事実でしたので、食と住について充実させていきたいと考えているということです」

 リーマンショック以降のアメリカ消費社会の変化を明確な数字と論理で示した話題の本『スペンド・シフト』(ジョン・ガズーマ&マイケル・ダントニオ著/プレジデント社)によるとアメリカの22歳以上人口の78%が素朴なライフスタイルによって幸福感が強まったと回答している。88%が以前より割安のブランドを購入するようになったといい、「モノをたくさん持っているからといって幸せとは限らない」という回答も同じくらいに達したという。この価値観の大きな変化の波は、特に若者の意識の変化は徐々に日本にも到達しつつある。若者のこの意識の変革ならびに消費離れについて、大西氏はどのような施策を考えているのだろうか。

「おっしゃる通り、購買意欲は年々低下しているのは事実ですし、衣料品はここ10年位で7割方に落ちてきています。厳しい状況の中で、当然、食やライフスタイル型の提案は推し進めていかければなりません。お客様はタンスには洋服が溢れていて、もう必要ないという非常に難しい話になってきます。でも、対策は2つしかない。1つ目は、ファッションに対する感度が高い人々にもう一度購買欲を高めてもらうこと。服好きな人は6月から秋物・冬物を着るわけで、この人たちにもっとインプレッションを与えないといけない。 もう1つは価値と価格のバランスです。今まで10万円で売っていたコートを、同じクォリティとグレードを保ちつつ7万円で売る施策です。若者に人気で相応の価格で売っていたメーカーと組んで、もう少しハイグレードで良いクォリティの大人用を作ってもらう。クォリティは高まるけれど、10万円を切る価格で売るなどをして購買促進できるように試行錯誤をしています」