■明るい作品にものぞく悲しみ

 明るい作品の中にも、キャラクターの心の奥にある悲しみがのぞくときがあった。『ミセス・ダウト』もそうした作品のひとつだ。ウィリアムは頼りがいがないとして妻に離婚されるも、子どもたちと一緒にいたい一心で女装しておばあちゃんメイドになりきる夫を演じた。

『いまを生きる(Dead Poets Society)』(1989)で演じた教師ジョン・キーティング(John Keating)のキャラクターも、人々に愛された。キーティングは型破りな授業で権力に逆らうも、最期にはそのやり方が原因で解雇されてしまう。

『レナードの朝(Awakenings)』では、体の動きを止めてしまった患者を集めた病棟で治療に取り組む医師マルコム・セイヤー(Malcolm Sayer)というドラマチックなキャラクターを演じた。作中では、数十年にわたり硬直状態にあった患者たちを目覚めさせ、治療に成功したかと思えたセイヤーだったが、患者たちは再び元の状態に戻ってしまう。

 だがウィリアムズは、子ども向けの作品では影を見せることはなかった。『アラジン』ではジーニーとして「フレンズ・ライク・ミー(Friends Like Me)」を歌い上げ、遊んだ内容が現実になるボードゲームを描いた『ジュマンジ(Jumanji)』(1995)に出演し、子どもたちを楽しませた。(c)AFP