【7月11日 AFP】網膜疾患により暗闇での不自由な生活を余儀なくされていた人々にとって、 科学者らが開発を進めているさまざまな治療の技術が光を与え始めているようだ──。すでに人工網膜の技術によって、歩道や大きな文字が「見える」ようになった人がいる他、遺伝子治療を通じて、野球ができるようになった少年もいる。

「数年前には不可能だと思われていたことが、いまは現実となっている」と、米ジョンズ・ホプキンス大学(Johns Hopkins University)の網膜変性リサーチセンターのマリア・カントソラー(Maria Canto-Soler)代表はAFPに語る。「網膜疾患を治す方法をあと数年で見つけられるとまでは言えないが、そのゴールに近づいているのは間違いない。あとは時間の問題だ」

 米メリーランド州のFoundation Fighting Blindnessによると、網膜色素変性症などの網膜疾患のある人は世界で3000万人以上。この数には加齢による黄斑変性症の患者も含まれる。途上国の50歳以上の人々によくみられる疾患で失明に至ることもある。

 人工網膜はもはやサイエンス・フィクションの中だけの話ではない。人工網膜が購入可能な欧米諸国では、すでに数十人の人々の人生を一変させている。

 人工網膜は目に埋め込まれたチップが視細胞の役割を果たす。通常は、極小のカメラが取り付けられたサングラスと一緒に使われる。

 コンピューターを介してカメラがチップに画像を送り、チップがその情報を電子信号に変換して脳に送る。そこで初めてイメージとして認識される。

 人工網膜が移植された患者は、多少の慣れは必要だが、物の形や光を認識できるようになるという。なかには道路上の障害物を回避できるようになったり、大きな交通標識が読めるようにもなったりしたケースもある。

 カリフォルニア州(California)のセカンド・サイト社(Second Sight)が2009年に開発した人工網膜「アーガスⅡ(Argus II)」を移植したある男性は、「すべてが変わった」と語る。「パブに行っても、どこに人がいるかわかる。顔ははっきりとは見えないが、そこに人がいることがわかる。以前は真っ暗な場所で、自分が本当に誰かにちゃんと話しかけているのか、独り言を言っているだけなのかと不安でいっぱいだったのに。すごい、最高だよ」

 ただ問題はそのコスト。片方10万ユーロ(約1380万円)と高額のため、誰でも手が出せるというわけではない。

 一方、遺伝子治療も有望視されている治療法のひとつだ。

  米フィラデルフィア小児病院(Children's Hospital of Philadelphia)で行われている臨床実験では、深刻な網膜色素変性症の患者40人の視力を回復することに成功している。

 コーリー・ハース君もそのうちのひとりで、治療後は白い杖が不必要になり、黒板の字も見えるようになったという。1回の治療で、その効果は数年もしくは一生続くという。

 ハース君は2008年、8歳で治療を受けた。2013年9月に撮影されたビデオ映像では、屋外を走り回り、自転車に乗ったりレゴ・ブロックで遊んだりする姿が映っていた。

「手術から4日後に動物園に行ったとき、コーリーが言ったんです。『太陽がまぶしいよ。こんなの初めだ』って」と、母親のナンシー・ハースさんはうれし涙を流しながら当時を振り返った。(c)AFP/Olivier THIBAULT