■サンバの動きをサッカーに応用

 サッカーを発明し、ドリブルの原型を示したのは英国人かも知れない。だがそれを、手ごわい対戦相手を突破するためにあらゆる種類のトリックやフェイントを使い、芸術の域にまで高めた「セレソン」の伝説的選手たちは、その大半がブラジルの黒人コミュニティー出身だ。

 早くも1940年代には、ブラジルの社会学者ジルベルト・フレイレ(Gilberto Freyre)が、民族が入り混じるブラジルでは、政治と同様にサッカーでも「ルールを曲げる」ことが好まれる点だと指摘。意表を突く要素や、ダンスのステップやダンスから発達した武術「カポエイラ(Capoeira)」を彷彿とさせる動きの要素がある、と述べている。

『The Black In Brazilian Football(ブラジルサッカーにおける黒人)』の著者マリオ・フィーリョ(Mario Filho)氏の説明によると、1920年代や30年代の審判たちは、白人選手による黒人選手への反則を認定しない一方、逆の場合は認定していた。このため黒人選手たちは、接触を避けるスキルを磨かなければならなかったという。

 30年代にブラジル代表として活躍したドミンゴス・ダギア(Domingos da Guia)氏は、息子にこう語っている。「黒人選手が反則したとの理由でピッチ上で殴られるのを何度も目にしていたので、サッカーをするのが怖かった。でもダンスが得意だったことがピッチの上で役立った。私はサンバの『ミウジーニョ』の動きを真似てショートドリブルを生み出したんだ」

■音楽を刺激するサッカー

 エルザ・ソアレス(Elza Soares)からジョルジ・ベン(Jorge Ben)、 ウィルソン・シモナル(Wilson Simonal)まで、サッカーとサンバの関係を詩的に歌い上げたブラジルのミュージシャンは数知れない。

 最も良く知られた一例は、1958年のW杯スウェーデン大会でブラジルが初優勝した際に作曲されたこの曲だろう。

「ワールドカップはブラジルのもの。誰もブラジルを止められない…ブラジル人は外国で本物のサッカーを見せつけた。脚でボールを操りサンバを踊り、ワールドカップで優勝した」

(c)AFP/Pierre AUSSEILL