■今も語り継がれるアリ氏の経歴

 この試合後、クレイは本名をモハメド・アリに改名することを発表し、アリ氏の伝説が始まった。ベトナム戦争で兵役に就くことを拒否したアリ氏は、米連邦最高裁がアリ氏の良心的兵役拒否を認めるまでの3年半はタイトルを剥奪され、リングから遠ざかっていた。

 アリ氏の生涯成績は56勝5敗となっており、そのうち37回がノックアウト勝ちで、ヘビー級王座に3度輝いた。

 なかでも1974年に旧ザイール(現コンゴ民主共和国)で行われ、ジョージ・フォアマン(George Foreman)を8ラウンドKOで倒した「キンシャサの奇跡(Rumble in the Jungle)」や、1978年2月のレオン・スピンクス(Leon Spinks)戦での判定負け、その7か月後の再戦では15ラウンドの攻防を繰り広げ、判定勝ちした末の王座奪還などは今でも語り継がれている。

 アリ氏はその後、王座を返上したが、再びリングに戻って2度の敗戦を経験し、1981年に現役を引退した。

 1984年、アリ氏はパーキンソン病と診断される。これにより、若い頃のトレードマークであった威勢のいい発言ができなくなったアリ氏であったが、スポーツ界への貢献やその人道的努力は評価され続けた。

 1990年にはイラクへ赴き、当時のサダム・フセイン(Saddam Hussein)大統領と直接交渉して14人の米国人の人質解放に成功した。

 近代五輪100周年にあたる1996年に開催されたアトランタ五輪では、1960年のローマ五輪で金メダルを獲得したアリ氏が、開会式でトーチに火を点けた。

 そして2005年には、米国の文民に送られる最高の勲章である大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)を授与された。

 スポーツ写真の中でも代表的な、倒れたリストンをアリ氏が上から見下ろす写真は、アリがヘビー級王座を獲得した試合ではなく、翌年の1965年、リストンが米メーン(Maine)州ルイストン(Lewiston)でリターンマッチを挑み、1ラウンドでKOを奪われ返り討ちに遭った試合で撮影されたものだ。(c)AFP