■じっくり考える機会

 催眠術をかけているかのようなこの番組は、単にゆったりとした気分を視聴者に味わってもらおうというだけではない。

 NRKでは他にも鮭釣りや編み物をする人々や、暖炉に完璧な火を起こす過程を捉えた映像などさまざまなテーマで放映しているが、番組の構成は至って単純だ。

 まず冒頭で長い時間をかけてテーマの歴史的背景を紹介し、今度はさらに長い時間をかけて、テーマとなる営みの最初から最後までを描く。編み物でいえば羊の毛刈りから、上着となる最後の一縫いまでといった具合だ。

「スローテレビはあらゆる層の視聴者を惹きつけている。若者は番組の斬新さや奇抜さに好奇心をそそられ、さらに上の世代は旅などのテーマに関心を持つといったようにだ」とメクレブスト氏は語る。

 また、ますます慌ただしくなっているこの社会で、一息入れる機会だと受け止めている人たちもいる。ノルウェー科学技術大学(Norwegian University of Science and Technology)の社会学者アルベ・イエルセス(Arve Hjelseth)氏は「ほとんどの放送局が同じような番組を作ることを選ぶ中では、その流れに逆らう隙間的な番組に惹かれてしまうものだ。人々は座ってリラックスし、じっくり考える機会としてスローテレビを利用している」と話す。

 だが、この番組のアイデアが他の国でも採用されるまでには時間がかかるかもしれない。クルーズ船が航海した番組は米国に輸出されたものの、「あの超大作」がスローテレビのコンセプトを紹介するわずか1時間の番組に短縮されてしまった。

 またノルウェーでも、何百万もの人々から好評を得たとはいえ、全員の好みに合っているというわけではない。オスロ経営大学(Oslo School of Management)のトロン・ブリンドヘイム(Trond Blindheim)学長はスローテレビについて「あまりに多くの人たちがばかげた番組に見入っている。船のへさきや、岸から手を振っている人々を眺めるためにテレビにへばりついている人々に、まっとうな言葉をかけることなどできない」と辛辣に批判する。

 だが、NRKはこの分野に大きな期待をかけている。制作局長のメクレブスト氏も、創造性に枠をはめてしまうような人間ではない。メクレブスト氏は今度は「時間という概念を解剖する」番組の構想を温めている。時計製作の工程や、まさに時の経過を1秒1秒、1時間1時間、追う番組だ。「そんなものはテレビで放送できないと言われたら、それこそサインだと受け止めるよ。自分のアイデアはいけるかもしれない、というね」(c)AFP/Pierre-Henry DESHAYES