【12月5日 AFP】カンヌ国際映画祭(Cannes International Film Festival)で高い評価を得た映画『海と夕陽と彼女の涙 ストロベリーフィールズ(Strawberry fields)』(2006)の太田隆文(Takafumi Ota)監督(52)は、最新作での資金集めで問題を抱えていた──。

 太田監督によると、福島第1原子力発電所での事故への関連企業の対応とその影響を受けた住民を描く映画を企画したところ、この映画製作に出資を名乗り出る映画会社や個人が誰もいなかったという。国内の映画産業の大部分は、原発をテーマにした企画とは一定の距離を保ち、また太田監督自身も有力なスポンサーは巨大な原子力産業を批判するいかなるものにも寄りつかないことを以前から聞かされていたと話す。

「大手の配給会社はもちろん、ビデオメーカー、つまりDVDを作る会社も全然出資の話に乗ってこなかったですね。ビデオメーカーというのはたいてい、映画上映後にDVDをつくるために出資してくれるものなのですが」と太田監督は話す。そして「ある先輩からは、そんな映画(を作るのは)やめろ、二度と商業映画を作れなくなるぞ、と警告されました」と付け加えた。

■クラウドファンディングで1000万円を調達

 企画を実現させることが難しくなる中、福島での事故以来、原発に対する反感が国民の間で高まりを見せていたことから、太田監督は制作費への出資を一般市民に募った。結果、これまでの資金調達の手法を一新するクラウドファンディングの一つの成功例となった。

 クラウドファンディングは、個人や会社がインターネットを通じて小規模スポンサーからの資金提供を募るもので、市場規模は未だ小さいながらも急成長を続けている。なかでもクラウドファンディングの先駆者であるキックスターター(KickStarter)がよく知られている。

 調査会社Massolutionによると、クラウドファンディングの市場規模は2012年に81%拡大しており、2013年には51億ドルの資金調達が見込まれている。またその出資先は、起業支援や慈善活動、音楽や映画制作と広いエリアをカバーしている。

 太田監督は、原子力産業に不信感を抱く一般の人々から自身のブログを通して出資を募り、ある原発事故によってバラバラになってしまった家族を描いた新作映画『朝日のあたる家(The House of Rising Sun)』の制作費1000万円を調達することができた。

「1000万円というのは、長編映画にしては超低予算なんです。それでも、低いギャラでもいい、この映画のために、と俳優さんや他のスタッフが集まってくれました」と太田監督は語る。

■原発事故後の「家族の苦悩」

 この映画には、参議院議員で俳優の山本太郎(Taro Yamamoto)氏(39)も出演している。

 2012年の参院選で当選し、率直な意見を述べる山本氏は、2011年3月に発生した原発事故の数週間後には原発に反対する運動に加わり、この問題に対する世間の関心をさらに集めるため、自分の知名度を利用する術を模索していた。

 しかしその思惑とは裏腹に、メディアへの露出、さらには収入が激減してしまったという。山本氏はAFPに対し、「(反原発の発言をした後)仕事がなくなっちゃうんです」とコメントしている。

 作品では、原発事故が起きた後、大混乱のなかで避難する農家の家族と一変してしまった生活の様子が描かれている。自分たちのイチゴ畑を何とか除染しようとあがき続け、さらに家族の一人がガンを患ってしまうという状況の中、一家に対して沖縄へ避難するよう説得する親戚の役を山本氏は演じている。

 国内では現在、約10館の独立系映画館やシネマコンプレックスで上映されているという。

 この映画は、政府や原発関連企業が、福島での事故の深刻さを過小評価し、情報の公開をしぶるその姿勢を非難する人々の強い思いを描き出している。作品中にも、限られた情報を発表する政府と疑心暗鬼になる人々の姿を見ることができる。

■映画監督としての未来

 多くの日本人と同様、巨大な津波が原発を襲い、事態が刻々と深刻化した2011年の状況を恐怖と共に見守った太田監督。

 3基の原子炉がメルトダウンしたこの事故では、大量の放射能が陸や海、大気を汚染し、周辺地域で暮らす数万人もの人々が避難を強いられた。現時点でも多く人が故郷に戻れず、そして戻ることを希望しない人もいる。

 津波などにより約1万8000人の命が失われたが、原発事故による直接の死者は公式の統計では1人も出ていないとされている。

 太田監督は「3.11のとき(2011年3月11日)、津波の被害やその後起こったいろいろなことをテレビで見たりしながら、日本人のために何かしなければ、と強く感じたんです」と述べ、今では国民の間でも一般的になった原発に対する不信感をにじませながら「政府が最初『直ちに健康への影響はない』とか言っていたでしょう。それは(素人の)僕でさえも嘘だろう、と思った」と続けた。

 だが今、映画監督としてのキャリアは、非常に不安定な状態に置かれている。

「もしこの映画で成功できたら、将来、社会派の作品でなんらかの仕事をもらえるかもしれない。でも、もし商業映画としてだめだったら、もう映画監督としての未来はないですね」

 映画の公式ウェブサイトはこちら:http://asahinoataruie.jp/english.html

(c)AFP/Kyoko HASEGAWA