【10月20日 AFP】かつて豊かな熱帯雨林があったインドネシア・カリマンタン島(ボルネオ島、Borneo)のケレンパンギ(Kereng Pangi)地区は今、違法な金採掘労働者であふれる現代のゴールドラッシュの最前線になっている。露天の採掘場では数千人の男たちが毎日、高圧ホースで大量の砂利に水を吹き付けて光る金を探している。

 インドネシア各地に数多く存在するこのような違法採掘場は環境を破壊するだけでなく、金精錬を目的に違法に使用されている水銀で労働者や地域住民の健康を危険にさらしている。水銀は深刻な神経障害をもたらす恐れがあり、長年精錬に従事している労働者の間では震えやせきが止まらないなどの症状が出ている。

 こうした状況を「健康の時限爆弾だ」と指摘するのは、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学(University of British Columbia)のマルセロ・ベイガ(Marcello Veiga)教授だ。小規模金鉱における水銀使用の実態に詳しい同教授は「数千人単位で死者が出るだろう」と警告する。

 インドネシア政府は、今月10日に熊本市で採択、署名された国連(UN)の「水銀に関する水俣条約(Minamata Convention on Mercury)」によって、国内の金採掘労働者の生命を脅かしている水銀を使った精錬作業が減ることを期待している。ただ、金の価格上昇に伴って拡大している違法採掘の問題に取り組むには、同条約では不足だと見る向きもある。

■取り返しのつかない健康被害

 国連は、いわゆる「小規模の職人的な金採掘労働者」が世界70か国に最大1500万人いると推定している。インドネシアでは2006年の推定5万人から現在は約50万人に急増したとみられると、政府の対策チームを率いるアブドゥル・ハリス(Abdul Harris)氏は語る。

 国連によれば、水銀を使用する金精錬が広く行われているため、鉱業は環境への人為的な水銀放出源としては最大のものとなっている。水銀を使用する金精錬の拡大が顕著なのがインドネシアだ。同国に何百か所もある採掘場で雇われている大勢の貧困層は、鉱石を砕き粉々になった砂利に高圧水を吹き付け、金を探している。

 金を含んだ鉱石や砂利に水銀を混ぜると、水銀と金の合金ができ、容易に取り出せるようになる。危険を伴うのは次の工程だ。合金を加熱して水銀を蒸発させ金を抽出する際に神経毒が発生し、神経や臓器に取り返しのつかない深刻な損傷を及ぼす恐れがある。

 インドネシア中部、ロンボク(Lombok)島の金鉱で働くある労働者は匿名を条件に、「(健康被害への)不安は当然あるが、食べていける収入を得られない方が不安だ」と語った。近年、合金を加熱する屋内の作業場には有毒ガスを排出する換気装置が設置されたものの、屋外での加熱作業については何の対策も取られていない。

 カリマンタン島を拠点とする金鉱周辺地域の社会開発基金ヤヤサン・タンブハ・シンタ(Yayasan Tambuhak Sinta)の顧問を務めるリニ・スレイマン(Rini Sulaiman)氏によれば、金採掘業で働く労働者の多くが移民であるため、健康状態の継続的な把握は難しいという。移民労働者が死亡しても死因が記録されることは極めて少なく、水銀の影響があったのかどうかを解明するのは困難だ。

 採掘現場の周辺地域はさらに大きな脅威にさらされているという見方もある。水銀が食物連鎖に入り込むためだ。特に河川に流入した場合、バクテリアの働きで、通常の水銀より毒性が強いメチル水銀が生成される。食物連鎖によってメチル水銀が蓄積した魚介類を人間が食べれば、重大な神経障害や出生異常の原因になる。

 日本の水俣病の原因は長期間にわたって排出され続けた工業廃水中のメチル水銀で、被害者は数万人に及び、うち約2000人が死亡した。スレイマン氏は「(金鉱の)下流の住民が魚を食べる地域では、長期間のうちに水銀中毒のリスクが高まっている」と述べ、金採掘労働者より周辺地域の一般住民の方が深刻な打撃を受ける恐れが大きいと懸念している。(c)AFP/Anne Usher