【8月20日 AFP】レズビアン(女性同性愛者)カップルのマリアさん(31)とアレクサンドラさん(30)はここ数年間、今住んでいるロシアを離れることを漠然と考えていたが、今年になって反同性愛的な新法が成立したことで、初めて必要書類の準備を始めた。

 物静かな学者肌の2人は、7歳の娘とモスクワ(Moscow)郊外で暮らしている。保守派の反対にもかかわらず同性婚が次々と合法化される欧州に、ロシアが歩調を合わせるのではという期待は、もはや捨て去った。

  「以前は、全てが良い方向に向かうだろうという望みがありました。でもそれどころか、風向きは逆転しました。ロシアを離れることができれば、と願っています」と話すマリアさんは、短命に終わった結婚で授かった娘のリーリャさんを、6年越しのパートナーであるアレクサンドラさんと共に育てている。

 今年6月、ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は、「同性愛のプロパガンダ(宣伝)」を未成年に広めることを禁止する法案に署名し、同法は成立した。この法律に対しては国外でも激しい抗議が起きており、2014年冬季五輪の開催権をロシアからはく奪すべきだと訴える人たちさえいる。

 新法の下では、ロシア国内で同性愛関係が異性愛と同等だと子供に教えた者は誰でも、罰金の対象になる。このことが2人を「急いでロシアを離れたい」という気持ちにさせた、とマリアさんは語った。

 2人は現在、カナダへの移住に向けた準備を進めている。研究専門の科学者であるアレクサンドラさんは、若手専門職員として居住権を申請するための要件を満たしており、外国人同性カップルを対象とした規定では、家族3人がそろって移住することが認められている。

■強まる同性愛嫌悪

 この記事のためにAFPがインタビューした人はすべて、身元を明かさないために苗字を伏せることを希望した。その上でさらに、仮名を使うことを願い出た人たちもいる。

 新法は始まりにすぎない──そう話すマリアさんたちは例として、エレーナ・ミズリナ(Yelena Mizulina)議員が最近、国は同性カップルから子供を取り上げる権利を持つべきだと発言したことを挙げた。外国人の同性カップルがロシアの子供を養子にとることを禁ずる法案を推進した人物でもあるミズリナ議員は、自身が委員長を務めるロシア議会下院(国家会議)家庭女性子供問題委員会が「事実上の同性婚である家庭から子供たちを引き離すための、法的な基盤を作る可能性を検討している」と述べていた。

 また、国内に強い影響力を持つロシア正教会の最高指導者、キリル総主教(Patriarch Kirill)は先月、他国で進む同性婚の合法化は「世の終末を示す兆候」であり、ロシアはこの動きと闘うべきだと訴えた。

 こういった激しく保守的な言論の背景には、次第に不寛容さを増す世論がある。「同性愛者にも平等の権利が与えられるべき」と考える人の割合は2005年には51%だったが、今年は39%にまで低下した。また、ロシアの独立系調査機関レバダ・センター(Levada Center)によると、同性愛は「病気」である、または「みだらさ」によって引き起こされると考える人は、同期間で67%から78%に増加した。

 同性愛を嫌悪する風潮が高まる中、同性愛の親たちは、子供が学校で家庭の状況を聞かれたらどうなるのかと心配している。

 幼い娘を持つレズビアンのオルガさん(34)はこの点について、「互いの信頼の問題でもあるし、社会における娘の安全という問題でもある」と語り、娘が理解できる年齢になったときに、嘘はつきたくないと説明した。「ひとたび政府が同性愛者を『第1の敵』として標的にすれば、(国を)去るべきなのは明らか」と語るオルガさん。今は、自分が合法的に移住する権利を持つポーランドに移り住むため、言語を学びながら資金を貯めている。

■「沈黙の連鎖」

 ロシアでは、シングルマザーや2人の女性が子供と暮らす世帯は珍しくない。だがサンクトペテルブルク(Saint Petersburg)で医師として働くアルチョムさん(30)いわく、離婚時に男性側に親権が認められることはほとんどないこの国では、男性同性愛者はより慎重になる必要があるという。

 アルチョムさんは、レズビアンのカップルが育てる双子の生物学上の父親になったばかり。「僕は子供が欲しかった。自ら下した決断だ。インターネットで候補を探した」という。アルチョムさんは、双子を身ごもった女性と結婚した。妻には長年にわたる女性パートナーがいることを全く知らない2人の両親は、嬉しそうに色々と世話を焼いてくれる。

 アルチョムさんは毎日、食事や着替え、散歩などの子育てを手伝い、双子と共に時を過ごしている。「僕たちはこれからも本当の姿は見せず、うわべは普通の伝統的な家族を演じていく」という。「同じことをしている人はたくさんいる。皆が僕たち家族のように黙っていれば、(今年成立した反同性愛法を含め)それほど多くの問題は起こらないだろう」

 同性愛者は静かにしているべきだというアルチョムさんの考え方は、ロシアに広く根付いている。反同性愛法に抗議しているのは一握りの人たちだ。

  「沈黙の連鎖のようなもの」とアレクサンドラさんは話す。「人は抑圧されると、黙り込んでしまう。でもそれは、敗者のすること。だから私たちは、ロシアを逃れようとしている」 (c)AFP/Maria ANTONOVA