【4月8日 AFP】イラクでフセイン(Saddam Hussein)政権が崩壊した2003年4月9日から、まもなく丸5年が経過する。元大統領を支持するスンニ派の人々は、その最後の演説を今でも鮮明に覚えているという。

 演説は、政権崩壊直前にバグダッド(Baghdad)のスンニ派地区アダミヤ(Adhamiyah)にあるアブハニファ(Abu Hanifa)モスクの前で行われた。フセイン元大統領がピックアップトラックに乗って現れたとき、モスクではちょうど正午の礼拝が行われていた。「大統領が外にいるぞ」と誰かが叫び、皆が一斉に外に出た。

 200人の群衆を前に元大統領は「約束しよう、米国を打ち負かしたあとには輝かしい未来が待っている」と力強く演説した。そばには、次男クサイ(Qusay Hussein)氏、ボディガード1人、そしてスルタン・ハシム(Sultan Hashim al-Tai)元国防相が立っていた。クサイ氏は2003年7月、米軍に殺害された。ハシム元国防相は、1988年のクルド人大虐殺を指揮したとして死刑判決を受けている。

「あの演説は今でも映画のワンシーンのように思い出せる。サダムはわたしの血の中に生きている」と、元教師のアブ・リマ(Abu Rima)さん(65)は喉を詰まらせながら語った。「サダムを見たのは初めてではなかったが、わたしは彼のもとへ駆け寄り、握手を求め、胸や肩にキスをした。そばにいた女性に『お疲れのようですわ』と話しかけられたサダムは、『わたしは疲れを知らない人間だ。神のご加護によりイラクは勝利する』と答えた」

 別の男性は、「サダムはやつれていたが、カリスマ性は失っていなかった。あの演説には大いに興奮させられた。米国を負かしてやる!と祝砲を撃ちたくなったほどだ」と語った。

 この演説の数時間後、米軍戦車がモスク前の広場になだれ込んで元大統領の銅像を倒し、その頭部を群衆が踏みつけた。フセイン政権崩壊のシンボルとなった1シーンだ。

■サダムは今でも「英雄」

 先のアブ・リマさんは、フセイン元大統領は米国人に殺害された「殉教者」だと断言する。「米国が悪の同盟国どもと手を組まず、単独で攻撃を仕掛けてきたら、われわれが勝っただろう。米国に引き換え、サダムの勇気といったらなかった! 何しろ、米軍のヘリがサダムをとらえようと頭上を飛んでいる最中に演説を行ったんだ」

 元大統領が逃走する様子を目撃した人もいる。それによると、最後の演説を行った2003年4月9日の夜はアダミヤのモスクに潜伏。翌10日の朝6時に、アラブの民族服姿でボートに乗ってチグリス川(Tigris river)対岸のカジミヤ(Kadhimiyah)地区に渡り、行方をくらました。

 そして8か月後の同年12月13日、故郷ティクリート(Tikrit)近郊で身柄を拘束され、2006年12月30日、人道に対する罪で処刑された。

■「サダム時代は平和だった」

「昔のほうがよかった」というのが、アダミヤ地区の住民の口癖だ。「サダム時代には宗派間抗争などなかった。今ではシーア派武装組織と国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)から身を守るため、若者までが銃を持ち歩かねばならなくなった」

 同地区では現在、数百人規模のスンニ派元武装集団が米軍の支援も受け、自警団を組織している。

「この地区は最後まで米軍の支配を許さなかった場所。戦いは終わっていない。いつかはわれわれが勝つ」とアブ・リマさんは語った。(c)AFP/Jay Deshmukh