【8月14日 AFP】(一部修正)インドとパキスタンのカシミール(Kashmir)領有問題をめぐる紛争が発生してから14日で丸60年になる。

 インド領カシミールのスリナガル(Srinagar)に住む、紛争発生当時18歳だったMughlia Begumさんは、離れ離れになった父親のAzizさんを、再会を果たせぬまま1980年に亡くした。Azizさんはペシャワル(Peshawar)でコックをしていたが、1947年8月14日にインドとパキスタンが分離した際に同地がパキスタン領になったため、妻と娘4人が待つインド領カシミールへの帰国が不可能になった。「分断の苦しみを味わいました。父は帰りたくても帰れなかったのです」とBegumさんは涙ながらに語った。

 カシミール紛争ではこのように、家族や友人が虐殺された、行方不明になったなどの話に事欠かない。

 カシミール地方をインド領とパキスタン領とに分割し事実上の国境となっている「実効支配線」(Line of ControlLOC)沿いでは3年前から停戦状態が続いており、支配線の両側に分かれて住む家族の再会支援を目的に、支配線をまたぐバスが運行を開始した。Begumさんは、支配線は「ベルリンの壁のように崩壊する」と語った。

 一方で、カシミール地方のインド領からパキスタン領への通話は許可されておらず、ビザの発給も事実上制限されている。

 1947年8月14日、英領インドから東西パキスタンが分離。英国の法学者が、視察もせずに数週間で1600キロにわたる国境線を策定した。この際、いずれの国に所属するかの決定が待たれていた、イスラム教徒が過半数を占めるカシミール地方に、パキスタンが支援する他州の住民が入り込んだ。以来、分離派とインド国軍の衝突が断続的に続き、1971年の紛争では東パキスタンのバングラデシュとしての分離独立を招いた。紛争による死者の数は百万人にものぼっている。

 1998年5月に印パ両国が相次いで核実験を実施、翌年にはカシミール問題をめぐるカルギル(Kargil)での衝突が発生した。以来、両国関係は冷え込んでいる。(c)AFP