<第60回カンヌ国際映画祭>審査委員長は英国の個性派監督 - フランス
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【パリ 15日 AFP】第60回カンヌ国際映画祭(60th Cannes Film Festival)が5月16日から27日まで開催される。今年は合計22作品がパルム・ドール(Palme d’Or)獲得を狙っている。
■審査委員長は個性派監督のスティーヴン・フリアーズ
今年度の審査員長を務める、英国のスティーヴン・フリアーズ(Stephen Frears)監督は、映画『クイーン(The Queen)』でオスカーを獲得したことで有名だが、成功も失敗も経験してきた。今年2月のアカデミー賞では、『クイーン』はヘレン・ミレン(Helen Mirren)が主演女優賞を受賞したが、監督賞は惜しくも逃し、『ディパーテッド(The Departed)』のマーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)監督が獲得した。
フリアーズ監督の『危険な関係(Dangerous Liaisons)』で主演女優を務めたグレン・クローズ(Glenn Close) は、かつてフリアーズの性格を「試合後のスタジアムのようにとらえどころがない」と評した。フリアーズは同作品のような大ヒット作と低予算の英国映画を融合させることを好む。
フリアーズは『クイーン』が成功してますます自由に、この2つの映画作りのスタイルを融合させているようだ。現在55歳のフリアーズは、パブリックスクール卒業後、ケンブリッジ大学で法律を専攻した。卒業後はリンゼイ・アンダーソン(Lindsay Anderson)監督、カレル・ライス(Karel Reisz)監督のもとで働きながら、主にテレビの脚本を書いた。フリアーズの1971年の初監督映画『Gumshoe』にはアルバート・フィニー(Albert Finney)とビリー・ホワイトロー(Billie Whitelaw)が出演したが、映画界とのかかわりは長続きせず、フリアーズはすぐにテレビ脚本の仕事へ戻った。
■TV用映画がメジャー映画製作へのきっかけに
皮肉にも、TV用に制作した映画『マイ・ビューティフル・ランドレット(My Beautiful Laundrette)』によって、デビューから14年後の85年、ついに彼はメジャー映画製作への道を歩むことになる。ハニフ・クレイシ(Hanif Kureishi)の小説に基づき、ダニエル・デイ・ルイス(Daniel Day-Lewis)主演で、人種差別と同性愛嫌悪のテーマに立ち向かったこのテレビ映画は、映画として公開された後、ハリウッドに新しい波を作った。
フリアーズはその後アメリカでの映画制作に招かれるようになり、『危険な関係』でヒットを飛ばし、88年度に3部門でオスカーを獲得した。そして90年の『グリフターズ/詐欺師たち (The Grifters)』では初めて2つの監督賞にノミネートされた。ハリウッドでの成功の渦中で、しばしば厳しい批判を受けつつもフリアーズは自身のルーツであるオフビートな英国映画の仕事にも立ち返り、その制作に時間を費やした。
2002年の『堕天使のパスポート(Dirty Pretty Things)』と2005年の『ヘンダーソン夫人の贈り物(Mrs Henderson Presents)』は、ロンドンのイメージを今までと全く異なった、ビビッドな色に塗り変え、『マイ・ビューティフル・ランドレット』で見せたフリアーズのロンドンに対する強い愛情を、観客の心に甦らせた。
批評家たちはフリアーズの、同時代の英国政治家に対する興味についても取り上げてきた。よく話題にされるのは最新作『クイーン』とTVドラマ『The Deal』。『クイーン』は1997年のダイアナ妃の死に対する王室の反応を、『The Deal』は1994年のトニー・ブレア(Tony Blair)首相とゴードン・ブラウン(Gordon Brown)財務相の党首争いを描いている。
「どちらの作品も、権力と戦う人々についての話だ。『クイーン』は明らかに、英王室護衛兵と宮廷の話ではない 」と今年の初め、フリアーズはイブニング・スタンダード紙に語っている。しかし再婚をして、4人の子供を持つフリアーズは、この作品が他の芸術規範に沿ったものと見なされるとは思っていなかったと付け足している。
「これがシェイクスピア風だとまさか僕が思ってると思わないでしょう? さもなければ僕は思い上がったやつになってしまうよ」
写真は第60回カンヌ国際映画祭の審査委員たち。(上段左から)審査委員長のスティーブン・フリアーズ、中国人女優のマギー・チャン(Maggie Cheung)、イタリア人映画監督のマルコ・ベロッキオ(Marco Bellocchio)、トルコのノーベル賞受賞作家、オルハン・パムク(Orhan Pamuk)、オーストラリア人女優のトニー・コレット(Toni Colette、下段左)、カナダ人女優のサラ・ポーリー(Sarah Polley)、モーリタニア・イスラム共和国出身の映画監督、アドラハマヌ・シッサコ(Abdrahmane Sissako)、ポルトガル人女優のマリア・デ・メディロス(Maria de Medeiros)とフランス人俳優のミシェル・ピッコリ(Michel Piccoli)。(c)AFP
■審査委員長は個性派監督のスティーヴン・フリアーズ
今年度の審査員長を務める、英国のスティーヴン・フリアーズ(Stephen Frears)監督は、映画『クイーン(The Queen)』でオスカーを獲得したことで有名だが、成功も失敗も経験してきた。今年2月のアカデミー賞では、『クイーン』はヘレン・ミレン(Helen Mirren)が主演女優賞を受賞したが、監督賞は惜しくも逃し、『ディパーテッド(The Departed)』のマーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)監督が獲得した。
フリアーズ監督の『危険な関係(Dangerous Liaisons)』で主演女優を務めたグレン・クローズ(Glenn Close) は、かつてフリアーズの性格を「試合後のスタジアムのようにとらえどころがない」と評した。フリアーズは同作品のような大ヒット作と低予算の英国映画を融合させることを好む。
フリアーズは『クイーン』が成功してますます自由に、この2つの映画作りのスタイルを融合させているようだ。現在55歳のフリアーズは、パブリックスクール卒業後、ケンブリッジ大学で法律を専攻した。卒業後はリンゼイ・アンダーソン(Lindsay Anderson)監督、カレル・ライス(Karel Reisz)監督のもとで働きながら、主にテレビの脚本を書いた。フリアーズの1971年の初監督映画『Gumshoe』にはアルバート・フィニー(Albert Finney)とビリー・ホワイトロー(Billie Whitelaw)が出演したが、映画界とのかかわりは長続きせず、フリアーズはすぐにテレビ脚本の仕事へ戻った。
■TV用映画がメジャー映画製作へのきっかけに
皮肉にも、TV用に制作した映画『マイ・ビューティフル・ランドレット(My Beautiful Laundrette)』によって、デビューから14年後の85年、ついに彼はメジャー映画製作への道を歩むことになる。ハニフ・クレイシ(Hanif Kureishi)の小説に基づき、ダニエル・デイ・ルイス(Daniel Day-Lewis)主演で、人種差別と同性愛嫌悪のテーマに立ち向かったこのテレビ映画は、映画として公開された後、ハリウッドに新しい波を作った。
フリアーズはその後アメリカでの映画制作に招かれるようになり、『危険な関係』でヒットを飛ばし、88年度に3部門でオスカーを獲得した。そして90年の『グリフターズ/詐欺師たち (The Grifters)』では初めて2つの監督賞にノミネートされた。ハリウッドでの成功の渦中で、しばしば厳しい批判を受けつつもフリアーズは自身のルーツであるオフビートな英国映画の仕事にも立ち返り、その制作に時間を費やした。
2002年の『堕天使のパスポート(Dirty Pretty Things)』と2005年の『ヘンダーソン夫人の贈り物(Mrs Henderson Presents)』は、ロンドンのイメージを今までと全く異なった、ビビッドな色に塗り変え、『マイ・ビューティフル・ランドレット』で見せたフリアーズのロンドンに対する強い愛情を、観客の心に甦らせた。
批評家たちはフリアーズの、同時代の英国政治家に対する興味についても取り上げてきた。よく話題にされるのは最新作『クイーン』とTVドラマ『The Deal』。『クイーン』は1997年のダイアナ妃の死に対する王室の反応を、『The Deal』は1994年のトニー・ブレア(Tony Blair)首相とゴードン・ブラウン(Gordon Brown)財務相の党首争いを描いている。
「どちらの作品も、権力と戦う人々についての話だ。『クイーン』は明らかに、英王室護衛兵と宮廷の話ではない 」と今年の初め、フリアーズはイブニング・スタンダード紙に語っている。しかし再婚をして、4人の子供を持つフリアーズは、この作品が他の芸術規範に沿ったものと見なされるとは思っていなかったと付け足している。
「これがシェイクスピア風だとまさか僕が思ってると思わないでしょう? さもなければ僕は思い上がったやつになってしまうよ」
写真は第60回カンヌ国際映画祭の審査委員たち。(上段左から)審査委員長のスティーブン・フリアーズ、中国人女優のマギー・チャン(Maggie Cheung)、イタリア人映画監督のマルコ・ベロッキオ(Marco Bellocchio)、トルコのノーベル賞受賞作家、オルハン・パムク(Orhan Pamuk)、オーストラリア人女優のトニー・コレット(Toni Colette、下段左)、カナダ人女優のサラ・ポーリー(Sarah Polley)、モーリタニア・イスラム共和国出身の映画監督、アドラハマヌ・シッサコ(Abdrahmane Sissako)、ポルトガル人女優のマリア・デ・メディロス(Maria de Medeiros)とフランス人俳優のミシェル・ピッコリ(Michel Piccoli)。(c)AFP