【3月13日 MODE PRESS】いまから約20年以上前、当時1990年代のファッションシーンを象徴したグランジファッションやケイト・モス(Kate Moss)。日本では、「アンダーカバー(UNDERCOVER)」や「ケイタマルヤマ(KEITA MARUYAMA)」、「20471120」、「シンイチロウアラカワ(SHINICHIRO ARAKAWA)」、「キョウイチフジタ(Kyoichi Fujita)」、「ヨシキヒシヌマ(YOHIKI HISHINUMA)」らがデビューし、日本のファッション界もある意味で活気に溢れた時期だったといえる。

(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi


■90年代の激動期を経てたどり着いた「今」

 現在のようにインターネットが普及していなかったため、新聞やテレビ、雑誌が世の中に及ぼす影響力は計り知れなかった。ファッション誌の役割とパワーも大きく、「流行通信」や「high fashion」、「composite」や「CUTiE」、「mc Sister」なども支持された(現在は全て休刊または廃刊)。デザイナーはもとより、写真家やグラフィックデザイナー、編集者、アーティスト、ミュージシャン、そしてモデルたちは、いまよりも自由にそして才能に溢れる人々が犇めき合っていた。携帯電話やインターネットが、まだ普及しきっていないこの時代、ある意味で不自由だった一方で、世の中はその不具合を面白おかしく、楽しんでいた。あらゆる点において、大らかかつ激動の時代を駆け抜けた一人に、モデルの小田まゆみ(Mayumi Oda)もいた。当時18歳だった彼女も、今年45歳になる。いまとは一味も二味も違った、独特な時代の空気に触れ続けた小田の「いま」を追った。

小田まゆみ。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■きっかけ

 小田がモデルになったのは、「mc Sister」の読者モデルオーディションに応募したのがきっかけだった。18歳でモデルデビュー。20歳の頃には、舞台を日本から世界に広げ、活動し始めた。これまで特に印象的だったのは、スタイリストのパティ・ウィルソン(Patti Wilson)との仕事だと当時を思い返す。エレン・ヴォン・アンワース(Ellen von Unwerth)やスティーヴン・クライン(Steven Klein)の撮影では何度も仕事をした。日本でも、スタイリストの伊藤佐智子や写真家の伊島薫、小林基行らとの仕事では常に刺激を受けた。

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 そんな一流の大人たちに囲まれて過ごした若かりし頃の時間が、今の自分を形成していると小田は語る。「若い頃から沢山の美しい洋服を見たり、触れたりできたことは今に繋がっていると思います。周りの方々にも本当に恵まれ、美しいものや“表現する"ということを教えてもらえた」

■物作りへの衝動

 そんな彼女が、ニットの制作を始めたのは今から約3年前。過去にモデル仲間とファッションブランドを立ち上げ、デザイナーとして仕事をしていた経験もある。その後結婚し、子育てに追われる中で、ある日ふとした瞬間に湧き上がった物作りに対する衝動を「抑えられなくなってしまった」と語る。

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■インスピレーション源

 これまで編んだ作品は75を数える。「最初がこれ。肩の部分を少し膨らませてあって。可愛いでしょ?」とベビーピンクのボレロを見せてくれた。肩の目数を増やしたシルエットで印象を変え、色の甘さを抑えている。彼女が編むものにはこうした工夫が常にある。作品のほとんどは、複数の色、糸、編み方、時にシークインやビーズが一つのニット上に表現されている。それでいてまとまりがあり、瑞々しく美しい。自然に咲き誇る野花を連想させる。季節の花や旅先で見た自然がインスピレーションになることが多いと言う。大切にしているのは「自由に、思ったように編むこと」。デザインを考えている時も編む手は止まらない。

(c)Mayumi Oda

■ある女性との出会い

 偶然入った毛糸屋で出会った90を過ぎた女性との出会いが、小田の物作りに大きな影響を与えた。「美しい目をキラキラさせながら『昔はよくフランスに毛糸の買い付けにいったものよ』とそのおばあさんが話してくれました。私が編んだ物を見せると、『自由で凄く好きよ』と言って引き出しの奥から貴重な糸を取り出し、譲ってくださった。これがニットに夢中になるきっかけでした」

(c)Mayumi Oda

 今も時々、その女性に会いに店を訪れる。「よく首巻きをされているんですが、すごく丁寧に編まれていて、作って何十年も経っているのに圧倒的に美しい。ドリス・ヴァン・ノッテンの、『手仕事はとても尊いものだ。機械が作ったものと印象が違う。作り手自身がそこに反映されている。だから美しさが増す』という言葉も、おばあちゃんの手仕事の美しさに通じると思うんです」

(c)Mayumi Oda

■彼女が編み続ける理由

 小田のブランドには、まだ名前がない。なにげなく始めたインスタグラムを通して、最近では世界中からオーダーが入るようになってきた。なかには著名なクリエーターからの注文も来た。「うっとりするようなニットを作っていきたい。機会があれば、ミュージックビデオや映像作品で使ってもらえたら良いな。将来も残るように」と微笑む。様々な経験をしてきたからこその、目の行き届く範囲での丁寧なモノづくりは、彼女の生き方そのものと言える。小田のブランドに名前がつくのも、そう遠くない(注釈:この取材の後、ブランド名は正式に「スノードン(snowdon)」に決まった)。
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