【10月23日 MODE PRESS】真っ白い空間に足を踏み入れると、壁にはセピア色の写真が、点在するラックにはモノトーンの服が並んでいる。10月16日から25日まで、南青山のCenter for COSMIC WONDERで、エレン・フライス「Disappearing」展が行われている。

(C)Sayuri Kobayashi

 エレン・フライス(Elein Fleiss)は1992年にインディペンデント雑誌の先駆けである『Purple Prose』をオリヴィエ・ザム(Olivier Zahm)とともに刊行し、以降『Purple』『Hélène』『The Purple Journal』など、アートとファッションを中心とした個人出版の雑誌をつくり続けてきたフランス人編集者。展覧会ではエレンによる写真展示のほか、エレンが集めた古着をコズミックワンダーがリメイクしたコレクション「Autre Temps」(直訳すると、もうひとつの時間)の展示販売が行われている。今回はエレンの盟友であり、やはりインディペンデント雑誌『here and there』を出版する編集者の林央子の発案により実現した。

エレン・フライス(C)Sayuri Kobayashi

 本展のタイトル「Disappearing」には、二つの意味が重ねられているという。そのひとつは、エレンの旧友ミシェル・ビュテル(Michel Butel)の喪失。ミシェルは『L'Autre Journal』など文学的かつ政治的な雑誌を創刊、編集したジャーナリスト・作家で、今夏逝去した。

「私は雑誌がアートやフィルムと同じくらい作り手と読み手にとって、美しく、大切な作品として存在すると思っている」(*)。あたかもエレンが発したものであるかのようなこの言葉は、ミシェルによるもの。「彼は私にとってとても大きな存在だった。私の人生に、詩と文学を結びつけてくれたから」と語るエレンは、まさに「美しく、大切な作品」としての雑誌を生み出してきた。

 エレンは、90年代に雑誌をつくりはじめたときのことを「とにかく自由!自由!!自由!!!でした。直感と自発性によって、自分が愛するものをより多くの人と分かち合いたくて」と回顧するが、先達であるミシェルは、その情熱に薪をくべるような存在だったといえるのかもしれない。

(C)Sayuri Kobayashi

 タイトル「Disappearing」のもうひとつの意味は、「失われていくこの世界そのもの」。パリで輝かしい活躍をしていたエレンは、10年前にパリを離れ、現在はフランス南西部の田舎町に暮らす。今回の展覧会に寄せたテキストでは、その田舎町の80km圏内にある原子力発電所に言及し、「どんなに私がこの世界との共生を試みようとも、常に私の頭に浮かぶのは過去、そしてとてつもなく暗い私たちの未来だ」と記している。

「ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、中東、中国、日本……世界中のいたるところで資本主義が勝利して、地球上のすべてを破壊しつつある。若い人々が興味深い活動をしても手に負えないところまできている。でも多くの若い人々がオルタナティブな生活を求めていて、そこには望みがあると思います」。そう語るエレンが暗闇のなかで、かすかな光をつかむように表したのが、壁に貼られた「写真による詩」だ。

「写真は過去20年間に南仏やパリ、イタリア、ブラジル、ポルトガル、日本の長崎などさまざまな場所で撮りためたもので、いわば私の記憶。さまざまな質感をもつそれらを混ぜて、今の感覚を詩のように表そうとしました。例えば、長崎のホテルで撮った写真に写っているのは、友人のレティシア・ベナだけれども、私自身のようでもある、ある種のセルフポートレートでもあります」。主にカラーフィルムで撮影し、セピア色に加工したという写真は、個人的なもののようで普遍的で、どこにでもあるようでいてそして特別。観る者の記憶や感情を揺り起こす。

(C)Sayuri Kobayashi

 今回染められたのは写真だけではない。ライフワークとしてエレンが集めている古着の一部をCOSMIC WONDERが墨で染め、場合によっては別のパーツを組み合わせるなどしてリメイクした。COSMIC WONDERの前田征紀は「墨は松や木々などを燃やした煤である それらは生命を焼失することで煤へと変わる」、また今回のコラボレーションは「収集した古着から焼失した気配を感じるための試み」だという。 

チャリティーショップやアンティークショップで集めたという古着には、19世紀のものから90年代のものもある。(C)Sayuri Kobayashi

 エレンはこれらの服についてこう語る。「COSMIC WONDERなら何か美しいものにしてくれると期待してはいたけれど、仕上がりを見て衝撃を受けました。こんなにさまざまなものが世の中にあふれているなかで、墨ひとつでこんなに多様な美しさを表現するなんて、魔法のよう」。失われた命から生まれたものが新たに生み出した表現が、作り手と受け手にとって、美しく、大切な作品として存在している。

(*)A conference at Salon de la Revue (periodical fair), 2007。COSMIC WONDERの前田征紀が本展のために引用

■エレン・フライス「Disappearing」展
会期:2018年10月16日(火)〜10月25日(木)
会場:Center for COSMIC WONDER(東京都港区南青山5-18-10)
時間:11:00〜19:00
http://www.cosmicwonder.com/ja/event/2810/

(c)Sayuri Kobayashi / MODE PRESS