【7月20日 AFP】6月に数日違いで、米人気シェフで作家のアンソニー・ボーデイン(Anthony Bourdain)とファッションデザイナーのケイト・スペード(Kate Spade)が自ら命を絶った。全てを手に入れていたかのように見えた二人の選択を、人々は理解できないだろう。

 ロックバンド「リンキン・パーク」のチェスター・ベニントン(Chester Bennington)や、ハリウッドで名を馳せたトニー・スコット(Tony Scott)やロビン・ウィリアムズ(Robin Williams)らスターたちが、近年同じように自殺しニュースとなった。

 ケイト・スペードの死は悲しい記憶を呼び起こした。同じくデザイナーであったアレキサンダー・マックイーン(Alexander McQueen)が、40歳という若さで2010年に自殺した。その彼の一生をたどるドキュメンタリー映画、『マックイーン』がイアン・ボンホート(Ian Bonhote)監督の手によって制作された。

ファッションデザイナーのアレキサンダー・マックイーンを偲んでウィンドーディスプレイを装飾した英・ロンドン市内にあるリバティ百貨店の様子(2010年3月16日撮影)。(c)AFP PHOTO / BEN STANSALL

 20日に米国の映画館で上映開始される同作品はアーカイブ映像と、夢を一心に追い続けた芸術家の真の姿を関係者らが語る、新しいインタビューで構成されている。

「自殺はいつでも多くの絶望感と混乱を残すが、セレブによる自殺は特に強烈な影響を与える」と、セラピストで研究者であるデニース・フルニエ(Denise Fournier)はアンソニー・ボーデインの死後、手記を発表。「セレブ、知名度や富に憧れる文化において、それらを全て手に入れたものが自らそれを手放すという行為はとても理解しがたいものである」

■「クール・ブリタニア」カルチャーの象徴

 家族や友人には本名のリー(Lee)として知られるマックイーンは、東ロンドンの労働者階級の生まれ。彼は父親の足跡をたどり肉体労働者になる運命だった。

 しかし、ファッションデザイナーとして際立った才能を持つ人材を発掘してきた、ファッションジャーナリストのイザベラ・ブロウ(Isabella Blow)によってマックイーンも見出された。ブロウは、マックイーンが英国の名門校、セントマーチンズ(Central Saint Martins)を卒業する際、彼の卒業コレクション全てを買い取った。

 ほぼ伝統的なロマンティシズムと、お茶目なパンクらしさを混ぜ合わせたマックイーンは、「スウィンギング・シクスティーズ」の再来ともいえる、1990年代に流行した「クール・ブリタニア」カルチャーの象徴となった。

フランス・パリ市内で開催された「アレキサンダー・マックイーン」2009年秋冬コレクションのショーの様子(2009年3月10日撮影)。(c) AFP PHOTO / FRANCOIS GUILLOT

 絶頂期には、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)の舞台衣装をデザインしたり、ビヨーク(Bjork)のミュージックビデオの監督を務め、女優のサラ・ジェシカ・パーカー(Sarah Jessica Parker)やニコール・キッドマン(Nicole Kidman)、マドンナ(Madonna)やリアーナ(Rihanna)など華やかなセレブたちの衣装を手掛けたマックイーン。

 彼はかつて「私のショーの題材はセックス、ドラッグ、そしてロックンロール。興奮を提供し鳥肌が立つ感覚を体験させたい。心臓発作や救急車が必要なショー」だと語った。

 ロンドン(London)の老舗紳士服店が集まるサヴィルロー(Savile Row)での見習い時代から、命を絶つ直前のショーまでが、彼が唯一無二の存在であることを物語っている。

 人々を楽しませることに長けたショーマンであったマックイーンは、モデルに狼と一緒にランウェイを歩かせたり、世界でも最も有名なスーパーモデルを鎧やマスクを使って隠し、ランウェイに雨を降らせたり雪を敷き詰めたりした。

ヌードを研究し、ドレスを電線絶縁用テープで制作したり、ヒップがあらわになる挑発的なバムスターパンツを作り出した。

「彼は『アナ・ウィンター(Anna Wintour)に陰毛を見せつけないと』と言った。とてもやんちゃだった」とブロウの夫、デットマー(Detmar Blow)は思い返す。

ファッションデザイナーのアレキサンダー・マックイーンが手がけた「ジバンシィ」1999年/2000年秋冬オートクチュールコレクションのショーの様子(1999年7月18日撮影)。(c)AFP PHOTO / PIERRE VERDY

 わずか8つのコレクションを発表したばかりのマックイーンは27歳で、1950年代初頭からオードリー・ヘップバーン(Audrey Hepburn)が体現する、上流階級の優雅さが象徴的な仏ブランド「ジバンシィ(Givenchy)のアーティスティック・ディレクターに就任した。

 しかしマックイーンはいつでも英国や友人と愛犬を恋しがっており、パリでくつろげたことはなかった。フランスのファッションメディアは、デザイナーの持つ反逆心を評価することはなかった。

■心細く、閉じ込められ、落ち込み

 マックイーンはブロウと金を巡り仲たがいし、それをきっかけにブロウは負のスパイラルに陥り、やがて命を絶った。また同時期、マックイーンは脂肪吸引手術を受け、ドラッグと酒に溺れた。

 自身のブランドの株の過半数を当時の「グッチ(Gucci)」グループ(現在のケリンググループ)に5000万ドル(約56億4800万円)で売るも、得た金を楽しむことができなかった。閉じ込められているようで心細く、ブロウの自殺によって激しく落ち込んでいた。そして最愛の母ジョイス(Joyce McQueen)の死。彼は友人に、2010年春夏コレクションであるPlato’s Atlantisが最後のコレクションとなると伝えていた。

英・ロンドン市内のV&A美術館で開催されたアレキサンダー・マックイーンの回顧展「Savage Beauty」で展示されたマックイーン最後となった2010年春夏コレクション「Plato's Atlantis」(2015年3月12日撮影)。(c)AFP PHOTO / LEON NEAL

 高級ブティックにこのコレクションが並ぶ頃には、マックイーンはこの世にいなかった。葬儀場で参列者に囲まれ穏やかに眠るでも、熱狂的なファンによって囲まれるでもなく、自宅で一人、自らの手で。

 スペードやボーデインが自殺した6月、米国が発表した報告によると、自殺は1999年以降25パーセントも増加しており、米国では10番目に多い死因だとした。発表では、精神的疾患を持っていない10歳以上の米国人で、2016年に自殺したのは約4万5000人だとした。12秒に一人が命を絶っている計算となり、その年の殺人件数の2倍以上だ。

 セレブによる自殺が特別な理由として「自殺の伝染」がある。有名人の死後、脆弱な人たちの自殺が増加する現象だ。

「どんなに裕福で有名であろうが、セレブも人間のありようによって縛られている」とセラピストであるフルニエは、サイコロジー・トゥデイ(Psychology Today)誌で述べている。

「彼らの外的環境は並はずれかもしれないが、内部的な経験はごく普通で、我々と同じようなことで苦しみ、奮闘している」(c)AFP