【9月9日 MODE PRESS】「ほら、見てごらん。この角度から撮ったんだ」。東京・品川の原美術館で3日に開幕した個展『快楽の館』展にて、まさに撮影が行われたその場所に、完成した大判作品が展示されている。そのシュールなからくりを、写真家の篠山紀信(Kishin Shinoyama)自らが「種明かし」してくれた。77点すべてを館内で撮り下ろし、撮った場所に展示するというこの企画は、「鑑賞」ではなく「体感」を目指した大規模なヌード写真展だ。

 裸の人間がさっきまでここに立っていたかのような、なんとも言えない臨場感、生々しさ。篠山は「これが写真のマジックだよ」と微笑む。「種明かししたって、誰も同じものは撮れないからね。そういうのを明かしたほうがコンセプトも分かっておもしろいじゃない?」

展示室の中で作品解説をする篠山紀信(2016年9月1日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■死体から赤ん坊へ

 篠山は美術館を「作品の死体置き場」と独特の言葉で形容する。通常、芸術家はアトリエや自宅で制作に励み、完成した作品を美術館に搬入する。初めは、それがどこの壁面に展示されるかも分からない。「鑑賞者も『これは芸術だから、ありがたく鑑賞しましょう』って態度で見るでしょ。そういうプロセスが僕はおもしろくないと思った。写真ってもっと元気で生々しいものだから」

 そして思いついたのがこの「入れ子」状態の展覧会だ。「作品が生まれた場所に鑑賞者が立つ、ということも含め作品になっている。過去と現在、イメージと現実が交錯する。こういう倒錯的な形で作品と面と向き合うと、写真は死体じゃなくて、できたてほやほやの赤ん坊みたいになる」

内覧会にタキシードで登場した篠山紀信(2016年9月2日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■エロスの館へのいざない

 原美術館はもともと1938年に実業家・原邦造(Kunizo Hara)の邸宅として誕生。昭和初期の洋風建築の貴重な例としても知られる。「建物自体の持つエロチシズムを、ヌードを使って表現したというのが今回の作品。一糸まとわぬ肉体のほうが直接的にイメージを表現できるから」と篠山は語る。

 また総勢33人のモデルたちの独特なポーズも斬新だ。「この部屋だったらすごい身体能力でジャンプしてる人がいいなとか、こんなきれいな庭ならポールダンサーに踊ってもらいたいなとか、美術館自体にイメージを掻き立てられて撮った部分が大きい。長い歴史があるこの建物自身が持つドラマ性や色気が、僕を大いに刺激する。撮ることは大変だったが、アイデアはまったく枯渇しなかった」

約80年の歴史を持つ原美術館のエントランス(2016年9月1日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■これぞ究極の「表現の自由」

 原美術館は篠山にとって「撮る快楽」に浸れる場でもあったという。美術館でありながら、いわゆる“ホワイトキューブ”と呼ばれる無機質な空間ではない。廊下の壁も弧を描き、その窓から見える庭は美しい深緑の苔に覆われる。「ほかの美術館とはぜんぜん趣きが違って、名建築でもある。だからこういうところで展覧会をやるなら、ここで作品を作りたいと思った」

 また公立の美術館のようなヌード作品に対する様々な制約が課せられなかったことも大きい。篠山の写真にとって重要なのは魅力的な「場」だというが、今回は撮影に格好のロケーションが用意された上に、さらに何をやってもいいという自由が与えられた。「こんなことは最初で最後なんじゃないかと僕は思う。ある種、空間力vs写真力のバトルだった。芝居で俳優を想定して書く脚本を『当て書き』と呼ぶけれど、これは『当て撮り』だから贅沢だよ!」

風情ある美術館の庭園にも作品が展示されている(2016年9月1日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■時代が撮らせるもの

 篠山と言えば、やはり時代を映し出したシチュエーションやモデル選びが特徴だ。今回も原美術館を自由に撮れることや、人気グラビアモデル・女優である壇蜜(Danmitsu)やレスラーのオカダ・カズチカ(Kazuchika Okada)との出会いが、「まさに今起こっていること」だったと篠山は語る。「僕はいつもその時代ごとに興味のある対象を撮っている。それを一番いいときに一番いい角度から撮るというのが、いい写真なんじゃないかと思うから」

 広告カメラマンとしてキャリアをスタートさせたが、70年代から活動の場を雑誌に移した篠山。雑誌はつねにその時代に突出したものをテーマに選び、「篠山紀信に撮らせたらもっとおもしろくなるんじゃないか」と考え、撮影を依頼してくる。「僕はそれをずーっと撮っていただけ。基本的に時代が僕に撮らせているんだ」

篠山紀信「快楽の館」2016年(c)Kishin Shinoyama 2016

■篠山紀信が写真を辞めるとき

 だが時代と並走できる時間は限られていると篠山は語る。「引退は考えていないけど、いつか体が動かなくなったり、興味も薄れたりしてくると思う。でも今のところはまだ、『面白い!面白い!』って欲望が僕に写真を撮らせてるよ」

 60年代から写真界を牽引し、つねに時代と共に走り続ける篠山紀信。75歳のベテランにして、今なお写真の表現や可能性を広げていくパワーには驚かされる。まだまだ今後も篠山のフィルターを通して新しい時代を目撃していくことが、我々にとっての贅沢な「快楽」となりそうだ。展覧会は来年1月9日まで開催。

■展覧会概要
・篠山紀信展「快楽の館」
会期:開催中~2017年1月9日
会場:原美術館
東京都品川区北品川4-7-25
電話:03-3445-0651(代表)

■休館日
月曜日(祝日にあたる9月19日、10月10日、1月9日は開館)、9月20日、10月11日、
年末年始(12月26日~1月4日)

■関連情報
・原美術館 公式HP:http://www.haramuseum.or.jp/
(c)MODE PRESS