【7月22日 MODE PRESS】中心街から離れた通りにある5坪ほどの小さな本屋。看板はなく、テーブルに並べてあるのは一冊の本のみ。静かな店内では店主が一人、店番をしており、扉を開けて中に入れば挨拶せざるをえない状況。そんな書店が東京にあったとすれば、人々はどう反応するだろうか? 店主と言葉を交わすのが気まずくて入りにくい? あるいは敷居の高さに尻込みしてしまうだろうか?

 ところが、実際に銀座の一角に現れた「森岡書店(Morioka Shoten)銀座店」はそんな形態を貫き、多くの人々の心を掴んでいる。昨年「一冊の本を売る」というコンセプトに開業。レトロなビルの1階にひっそりと存在していながら、イギリスのD&AD賞(2016年)を受賞するなどブランディングでも世界的な評価を得ている。開店してわずか1年、なぜここまでの成功をおさめることができたのだろうか?

『アラマメ』展に訪れた女性客(2016年7月20日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

 森岡書店では1週間に一冊ずつ本が入れ替わる。この日、売られていたのは『アラマメ』と題された荒木経惟(Nobuyoshi Araki)とファッションブランド「マメ(mame)」のデザイナー黒河内真衣子(Maiko Kurogochi)がコラボレーションした作品集だ。壁には荒木の作品が10点ほど展示されており、平日の昼間にも関わらず、若い女性客が次々と立ち寄る。そんな彼らを笑顔で出迎え、作品について気さくに説明するのがオーナーの森岡督行(Yoshiyuki Morioka)だ。和やかな雰囲気の中、作品集は次々と売れていき、森岡は客の一人一人を店の外まで丁寧に見送る。店主の人柄がこの店の大きな魅力となっていることは誰の目にも明らかだった。

訪れた人は一冊の本にじっくりと向き合う(2016年7月20日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■数万冊に負けない、一冊の深み

 もともと茅場町の書店に勤務していた森岡は、作者と読者がより近い距離感で出会える空間を目指して森岡書店銀座店をオープンした。関連書籍を隣に並べればもっと売り上げが見込めるかもしれないが、「一室、一冊」というルールはけっして曲げない。「おそらく世界でここだけの試みだから、そこは大切にしておきたい」と森岡は語る。「数万冊の本を扱っていたこともあった。だがその広がりと、一冊の深みは変わらないと感じる」

 本は、若手からビッグネームまであらゆる作家を扱う。「前は自分から依頼して本を集めてきていたが、今はたくさんの出版社や著者の方にお声がけいただき『本に選ばれている』感覚のほうが強くなってきた。本は必ずしも自分のセレクションというわけでなく、今、力があるものや、これから出てこようとするもののエネルギーが表れている。だから共感してくださるお客様も多いのではないか」

東京都歴史的建造物にも指定されている鈴木ビルに店を構える(2016年7月20日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■ここにしかない出会い

 実はこの書店には公式サイトがない。「90年代はみんな場当たり的な出会いで本を買っていた。その頃はまだインターネットがそこまで浸透しておらず、『何かあるかも?』という感覚でうろうろと出かけていた」。森岡はその良さを生かすため、告知はすべて自身のフェイスブックのみでひっそり行っている。それでもじわじわと評判が広まり、海外から訪れる客も多い。芳名帳には有名フォトグラファーやスタイリストの名前もずらりと並んでおり、業界での注目度の高さもうかがえた。

 本一冊だけを売るビジネスが成立するのは、本から派生する内容の展示をして、本だけでなく展示物も販売しているからだ。本の内容によって雑貨屋や花屋など「何屋か分からない」空間へと変化していくため、週替わりの展示を楽しみにしている人も多い。作家自身が「アルバイト」として店頭に立つ日もあるので、「ここに来れば何かに出会える」という予感に惹きつけられて人々はこの書店に足を運ぶのかもしれない。

気さくな人柄で知られるオーナーの森岡督行(2016年7月20日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■本屋というイノベーション

 海外のメディアはこの書店の形態を「イノベーション」と評する。通常、生活が激変するような技術革新を指す言葉が、逆のベクトルに使われたことは興味深い。「本屋という古いことをやったのに非常に新しいと言われて、それは自分でも気づかない部分で嬉しかった」と森岡は目を細める。「本を出版すれば人々がお祝いに駆けつけ、お菓子を持ってきたりする。それを著者がありがとうと言って本にサインをしたりして、本を介したコミュニケーションが生まれていく。それが豊かで美しい」

 オンラインショッピングを使えば目的の本が最短時間で配送される時代に、こんな本屋の存在は遠回りそのものかもしれない。だが「ただ買うというだけでなく、消費行動全体を楽しむ。たとえばそれはディズニーランドや、ちょっとした小旅行に行くような面白さがあるんじゃないか」と森岡は語る。出版不況や休刊ラッシュが相次ぐ中、森岡書店の存在は希望だ。銀座の一角に現れた小さな本屋は、一冊の本が持つ無限の可能性と喜びを、この時代に蘇らせているのかもしれない。『アラマメ』の展覧会は7月24日まで開催。

■森岡書店 銀座店
住所:東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1階
時間:13:00~20:00
電話:03-3535-5020
(c)MODE PRESS