―監督は回想録などを読んで勉強されたそうですが、ムッシュ・ディオールの中に2人の人物がいたとされていますが、2人のラフ・シモンズがいるとしたらどういう人物でしょうか。

 ラフに初めて会ったとき、カメラ越しだったのでとても興味深かったです。つまり最初に見たのが映像でした。最初のシーンで衝撃的だったのは、彼がアトリエのスタッフたちに話している姿が彼の本当の人柄にとても近かったことです。

 彼は自分の本性を隠すことができない人です。落ち着きがなく、神経質なタイプと言えるでしょう。彼に2つの人格はないのです。それが彼がカメラを嫌う理由ともいえるでしょう。彼が公の場にあまり出たがらないのは、表向きとプライベートな顔を併せ持つことが非常に危険で難しいことを理解しているからです。

 今のところ彼にはプライベートな顔しかなく、私個人としてはそれは素晴らしいことだと思います。彼のプライベートな顔を捉えることができ幸運でした。今はだいぶ表向きの人間になってきたと思いますが、彼にとっては難しい部分もあると思います。一度短いシーンの撮影の後に、彼とこの映画について長く話し合ったことがあります。彼にとってはこの撮影は100%信頼できるものではありませんでしたし、自分はセレブではなく普通の人間でいたいのだと、撮影に乗り気ではありませんでした。セレブ文化によって自分が理想の人だと思われてしまうと、相手との関係は対等ではなくなります。一般の人は自分をスターだと思い込み、メディアのイメージで自分を見ます。そうなると世間の見方は違ってきますし、彼はそれを防ごうとしたのだと思います。彼は世間の人たちと対等に会話をしたかったのです。

 私たちはそういったことについて洗いざらい話し、私は彼を偶像化するためにこの映画を制作するのではないということを彼に改めて約束しました。私たちは彼を普通の人間として、あるいは私たちがイメージするごく一般的な職人として描きたいと考えていました。それこそが、私たちがやろうとしたことです。全員を同じレベルで描きたかったのです。

―撮影中に彼の人となりを改めて知る印象的な出来事はありましたか?

 すべては映画に描かれていますが、映像に収められていないところで言えば最初の部分です。映画の中ではラフに運転手がいましたが、実は最初は違いました。私たちが撮影を始めたとき彼は、自分で運転してベルギーとパリを行き来していました。それが彼の性格なんです。彼はセレブのように、自分を世話してくれる人を欲しがるような人間ではありません。しかし、プレシャーが大きくなるに従い、仕事も増え、自分で運転できる状況ではないことに気がつきました。これは非常に興味深いことです。当初は、「運転手は欲しくない」と嫌がっていましたが、それが不可能な状況であるとラフ自身が気づき始めたのです。