【6月10日 MODE PRESS】家から全ての持ち物を取り出し、一つずつものを持ち帰ってくることで暮らしを再構築する。想像もつかない見切り発車の実験に自ら取り組み、ドキュメンタリーにしてしまったのはフィンランド出身のペトリ・ルーッカイネン。今年の8月に日本でも公開される『365日のシンプルライフ』は、「自分にとって本当に必要なもの」を探す実験ドキュメンタリー映画。現地フィンランドで映画が公開されるやいなや、若者の間で話題となり、実験フォロワーを多く生んだ。現代の生活において、実際に彼のような実験的生活に取り組むのは困難であるが、過剰な消費について考え直すプロセスは、消費社会を捉え直すヒントを与えてくれる。映画のPRのために来日した『365日のシンプルライフ』監督ペトリ・ルーッカイネン(Petri Luukkainen)に直接話を聞いた。(関連サイト:http://www.365simple.net/

■もの自体は幸福をもたらしてくれない

 失恋から3年立っても立ち直れない若きペトリは、生活自体を変えなければならないと考える。そして自宅にあるものを全て貸しガレージに預け、1日1アイテムだけ持ち帰る生活をはじめる。季節は冬。極寒の地で、ペトリが素裸に新聞紙を巻き、空の自宅からガレージに向かって走り抜けるシーンから実験は、そしてこの映画は始まる。一見バカバカしい、そんな実験をするに至ったきっかけを彼は次のように語る。

「僕は貧乏でも金持ちでもない一般的だけれど倹約家の家庭で育った。17、18歳頃から働きはじめて、幼いころの反動で稼いだお金はすぐ何かに使いたいと思っていた。そして気がつけば、自分の周りを見回してみたときに明らかにものが多すぎた。今思えば、過剰にものを持っていたとはあまり思わないけれど、ものが自分を満たしてくれないことは自覚していた。とにかく自分の周りにある持ち物が、自分を哀れにしていると感じたんだ。ものに囲まれて暮らしても僕は幸せになれないと。たぶん僕は、物質的に豊かな住まいではなく、精神的に哲学的に豊かな暮らしを欲していたのだと思う」

 物欲が飽和状態に達したとき、人々は暮らしや人生の豊かさに目を向けはじめる。

「普通そのような虚無感を感じる場合、どこかへ自分探しの旅に出かけるのかもしれない。でも僕は、その旅を自分自身の生活の中に見出したかった。僕が本当に必要としているものを探そうと思い立ったんだ。『何が僕に幸福をもたらしてくれるのか』と問い直し、自分の生活を再構築して、より良い答えを見つけようと。だから実験のアイデアは、ミクロな視点だと僕の生活環境から生まれて、マクロな視点だと物質主義的な社会に対してのアンチテーゼとして生まれた。何を選んで暮らすのかというプロセスが、自分自身を定義し多くの学びを与えてくれると推測したから、厳しくルールを設けて、フィクションではなくドキュメンタリーとしてこの映画を制作した。今思い返せば、一つずつものを選んで持ち帰ってくることで幸せになれると思っていたことがおかしいけど、僕はとにかくやってみたかったんだ。最初は100個のアイテムを自宅に残して実験しようと思っていたのだけれど、実験について深く考える中でだんだんと何も持たないところからはじめてみようということになった。素裸で夜の街を走るなんて思いもしなかったよ(笑)」