■ノー・インパクトライフへの挑戦

21世紀の消費価値観を語る上で欠かせない映画が既にもう1つある。大都会ニューヨークのマンハッタンで1年間ごみ、テレビ、車、交通機関、電気なしの生活を送った家族のドキュメンタリー映画『地球にやさしい生活(英タイトル:No Impact Man)』(2009年)だ。急速なスピードで悪化していく地球環境を憂い、コリン・ビーヴァン(Colin Beavan)は自ら被験者になり、ノー・インパクト(地球に害を及ぼさない)の生活に取り組んだ。

 この映画の評価すべき点は、単なるエコ生活のプロパガンダではなく、コリンの妻・ミシェルが幾度となく訪れる困難やストレスに絶えきれず、怒りをあらわにする場面も収録されているところだ。例えば映画の中で、ミシェルは中古品回収業者が家に来て、テレビを回収していくのを寂しそうに見つめるが、テレビを見る時間が友達と過ごす時間に変わったと嬉しげに語る変化のプロセスが映っている。エコ生活は決して楽なものではなく、周りの協力なしでは成立しないことがこの映画を見るとよくわかる。ノーインパクトの生活について、コリンはインタビューで以下の様に語っている(http://www.realtokyo.co.jp/docs/ja/column/interview/bn/interview_049/ )。

「(ノーインパクトの生活が僕たちの生活に及ぼした影響に関して)重要なインパクトは3つあります。ひとつ目は、テレビを捨て、スローライフをして、娘と過ごす時間が増えたことですね。娘が生まれてから父としてあまり一緒に過ごすことがなかったのですが、ノー・インパクト生活をしてみてよい父親になれたことです。ふたつ目は、いままで物を選ぶとき、“与えられる生活”を送っていたのが、自分でライフスタイルを“選ぶ”ことが出来ると学んだこと。3つ目は、市民としての意見を持つことの重要性を知ったことです。僕たちは意見を持つことで社会に変化を起こすチカラがあるということ。僕だけじゃなくて、誰もが同じようにチカラを持てるんだということです」

 “与えられる”生活から“選ぶ”生活に変わると、今まで気づかなかったことに気づいていく様子が映画に収録されている。例えば、地元の食材を食べることは地元の生産者を知るきっかけになる。農作業は、自然を通じて季節の変化を知らせてくれる。夏の間エアコンが使えないから、自然と屋外で過ごす時間が増え1日が長く感じる。2歳にしてこのエコ生活を体験することになった娘のイザベラちゃんは、映画の中でノー・インパクトの生活に疑いもなく、すんなりと順応していく。実験前後の彼女の変化について、コリンは以下のように語る。

「彼女は幼いのですが、プロジェクトの後には環境に気を遣うようになりました。例えば“雨は環境にいいの?”とか、“アイスクリームは環境にいいの?”なんて質問をします。大事なことは、プロジェクトが彼女にどのような影響を与えたかよりも、彼女がプロジェクトにどんな影響を及ぼしてくれたかということが大きかったと思います。例えばエレベーターの代わりに階段を使ったり、自転車で遠くへ出かけたり、子供と一緒に楽しい経験をしてきました。そんな中、家に帰ってきて電気が点かなくて“パパ、真っ暗だよ”と言われたときに、“電気はないよ、ロウソクしかないんだよ”と答えました。すると翌日には“部屋が暗いからロウソクつけて”というふうに、環境の変化に対してとても順応が早いのです。彼女は“小さな瞬間をそのまま楽しむ”ということを僕たちに教えてくれたと思うし、両親が何を子供に与えるかではなくて、子供たちからどういうことをどういう形で学ぶかということが、今回のプロジェクトでは重要だったと思います」

 コリンは現在、ノー・インパクトの生活ではなく、ただ平凡に普通の生活を送るとしたら、どのようにして環境問題と向き合い、幸せな暮らしをするのかについて研究を始めているそうだ。