【10月11日 MODE PRESS】写真家レスリー・キー(Leslie Kee)の活動15周年にあたる今年、4ヶ月間で500名以上の人たちを撮った『SUPER LOVE』展が、10月12日からEYE OF GYREで開催される。2006年に表参道ヒルズで開催された『SUPER STARS』展以来、レスリー氏の写真展を何度も手がけてきた谷川じゅんじ(Junji Tanigawa)氏とのコンビによるSUPERな展覧会だ。

- 運命的な巡り合わせがカタチに

 同展で展示する作品は、昨年亡くなったWWD編集長・山室一幸(Kazuyuki Yamamuro)氏の一言をきっかけに運命的な形でスタートをきった。エルメスとコム・デ・ギャルソンの川久保玲氏のコラボレーションによって生まれた、オンリー・ワンのスカーフ“コム・デ・カレ”に身を包んだ2人のポートレイトには、レスリーの無限の愛とメッセージが詰まっている。山室氏との特別なエピソードについて、さらに同展開催までの経緯など、レスリーと谷川氏に語ってもらった。

■語り手:レスリー・キー氏

- 『SUPER LOVE』に込められた多様な愛のかたち

 本展『SUPER LOVE』は、4ヶ月間かけて500人以上を、NY、ロンドン、香港、台湾、上海、シンガポールを旅して撮ってきました。共通するアイテムは、一枚の“コム・デ・カレ”だけ。実はこのスカーフを薦めてくれたのは、昨年亡くなった元WWD編集長の山室さんだったんです。「レスリーは絶対にこのスカーフ、好きだと思うよ!絶対に撮影しようね」と言ってね。それが実現することなく、彼は逝ってしまったんだけど・・・。

 だからこそこの企画は、絶対に形にしたかった。実際に撮影に入ってみると、これまでと比べてかなりハードルが高かったです。スカーフが柔らかくて、動きを出すためにはアシスタント総出の手作業。作りたいかたちがあるから、モデルにポージングをキープしてもらう。それに、今回は“2人”にこだわって撮ったから、自分のパートナーと10分間も15分間もくっついてるという・・・そんな状況、普段はないじゃないですか(笑)。でも、その時間の中で熱くなったり、恥ずかしさの感情から抜け出ることで、2人のピュアな気持ち、幸せな気持ち、愛し合っている気持ちが現れてくる。

 そして今回、写真のクレジットには、「国」「職業」「名前」そして「関係性」を明記しました。今までの作品の中では、一番要素が多い。特に「関係性」が一番重要だから、すごくこだわって選んでいます。大きく分けると、「親子」「兄弟」「恋人」「親友」の4パターン。面白くするために、わざと肌が違う人も選んでいたりもします。黒人と白人、日本人とかね。そこで、diversity(多様性)を強調するために、レズビアンカップルもたくさん撮っていますよ。

- 2年間で30冊出版した「SUPER」シリーズ

 そもそも、この「SUPER」シリーズは、NY・パリ・ロンドン・日本などの国境も、ブランド・百貨店・セレクトショップなども超えて、僕がコラボレーションしたい人たちと作品を作り上げてきたものです。当時、活動のベースをNYから日本に戻したときで、自分が表現したい事を実現するには、自分で雑誌を作らなければできないと肌で感じました。というのも、日本の雑誌はタイアップが多くて、僕みたいなカメラマンには表現の幅に限界があったんです。

 そんな僕の想いと夢を一番近くで応援してくれて、実現させてくれたのが、山室さんだった。2010年から3年間で50回以上、「WWD」の中に、毎回一つのブランドを撮る「流行通信」のページを作ってくれました。それがきっかけで、色々なブランドのPRや、時には社長を紹介してくれて、僕は彼と出会わなければいまここにいない。山室さんは僕の恩人。「思うようにいかなくても、どんなに辛くても、ファッションに対して、諦めてはダメだよ」と言い続けてくれた。

 世界のラグジュアリーブランド、そしてハイファッションの一端を担っている日本に、このプラットフォーム(SUPERシリーズ)を通じてひとりでも多くのひとに「ファッション」が持つパワー、そして楽しさを知ってほしいです。

■語り手:谷川じゅんじ氏

- 愛が満ち満ちた「祈りの空間」

 『SUPER LOVE』の本質にあるものはタイトルの通り、「愛」。愛って何なんだろうと考えたら「相手を信じる」というのが一番の根幹にあるんじゃないかと思ったんです。そして、それが空間化されているものは、宗教に関わらず、無償の信じる気持ちに包まれている「祈りの空間」だという思いに至った。例えば、教会のカテドラルや寺社仏閣。そういう空気をレスリーの作品が持つ圧倒的なエネルギーを借りて作れないかなと思った。

 同展では今回300点以上を展示します。かなり多いとは思いますが、あえて整理するのでなく全部混ぜて出したいなと・・・。きっと曼陀羅のような空間になるんじゃないかな。どこを見ても、360度視界の全てに、様々な「愛」の形が写真という方法を使って実体化されているのだから。

 メイキング映像も流して、これまでのバックナンバーも買えるようにして、歴代の表紙も全部飾る。だから、レスリーが今までどういう作品を作ってきたかがわかり、それが今の仕事にどういう風に繋がっていくのかというのも表現したい。来た人は写真を見に来たんだけど、結果的に写真の向こう側にあるものを追体験するような空間になると思います。彼の湧いても湧いても枯れない泉のようなエネルギーが、密度濃く渦巻いている空間になるし、レスリーでなくてはできない展覧会になると思っています。

- 2人のポートレイトと未来の“アダムとイヴ”

 今回、会場に入るとすぐに特別な壁があります。そこには、生駒芳子さんが書き下ろした、未来の“アダムとイヴ”というテキストが入ります。これが今回の展覧会のテーマといっていいでしょうね。

 アダムとイヴから人類が生まれたというのは、確かにキリスト教の特定の物語かもしれない。けれど、アダム&イヴと聞いた瞬間に、いわゆる愛のシンボルのイメージと、「次に何かが生まれる」という感覚を想起する。それは「人を好きになる」という気持ちなんだと思うんです。「好きになる」というのは、人を動かす重要なエネルギーです。「人を好きになった瞬間」というのは、とてつもないエネルギーを持っている。

 作品のほとんどが、裸の2人のポートレイトになっていて、それを包み込むのはたった一枚の“コム・デ・カレ”。それを山室さんが、ある意味でレスリーに啓示してくれた。まさにオラクルですよ。そういう意味はなかったかもしれないけど、結果的にはそういう言葉になったわけです。

 どんな2人にも、もともと何らかの関係がある。関係自体は質量を伴わないけれど、ものすごい可能性を持った“価値”だと思うんです。人は、自分以外の人たちとコミュニケーションをしながら生きていく生き物だから、生きていくということは自分以外の人と関係し続けることなんです。一人では生きていけない。だから、関係性とは人が生きていくための最もミニマルな糧になる。その関係、つまりLOVEというフォーカスから切り取っていくのは、今の時代に必要なエッセンスだと思うし、もう一度自分以外の人を信じられる世の中にしたいと思うんです。

- 写真を体感する

 空間の分け方として、本のページネーションは重要な軸になっていきます。それらを空間の中にゆるやかにプロットしていく。仮に、手元に本があってこの写真展をみていくと、インデックスとして自分がどこにいるのかを把握できるようなつくり方にしたい。

 『SUPER LOVE』みたいな本って、一人でじっくりみる事が多いと思いますが、今回はこの本を空間にアーカイブする時、本と自分の関係を空間に解き放って、この本をみる体験自体を共有できたらと思っているんです。エキシビションだからこそできることだし、シェアすることで想いが倍増していくように。

 一枚一枚をみることもできるけど、その時には周りのものも全部見えちゃってる。大量に並んでいるだけで、単に情報という意味だけでなく、愛のかたちの多様性が言葉いらずで素直に伝わってくる。新しい喜びを発見したり、気づく事もできる。アートフォトを現代芸術として向き合う解釈も、もちろんあっていいと思う。その一方で、レスリーという表現者から生まれてくる写真を体感するというのも、また違うエキシビションの醍醐味。これは紛れもなくレスリーの空間だと思いますよ。

『SUPER LOVE』
会期:2013年 10/12~10/20
場所:EYE OF GYRE
住所:渋谷区神宮前5-10-1 GYRE 3F
入場料:無料

【山口達也】(c)MODE PRESS