【10月15日 marie claire style】歌手デビューから今日までの歩み、そしてコロナ禍で向き合った音楽への思い。35周年を迎える今井美樹さんに聞いた。

 家族でロンドンに移住して8年になります。コロナ禍によるSTAY HOMEの時間の多くは自問自答に費やしました。これからも人生という旅をサバイブしていくためにも、今一度、身体のメンテナンスや声の出し方を見直し、なかなか立ち止まることのなかった人生を振り返る時間も設けました。

 私の音楽性に大きな影響を与えたのはジャズ好きの父と、夢中になって聴いていた松任谷由実さんの音楽や数々のミュージカル音楽、映画のサウンドトラックでした。人生のワンシーンを精細に描写するような歌に強く惹かれました。

 そんな私が宮崎から上京し、歌手デビューして、今年で35周年を迎えます。思えば、私がこの仕事に就けた理由の一つには、80年代という時代のムードが大きく作用していた気がします。当時は今よりも"多様性"に溢れていた時代。正統派の美女が人気だった一方、何だか妙に眉毛が太くて、いかにも"世間知らず"だった私を、当時の大人たちが「こういう子もありなんじゃない?」と面白がって迎え入れてくれたのだと思います。

 確固たる意思や表現力を持ち合わせないままのスタートがコンプレックスとなって、デビューから数年の間は、巡ってくるチャンスに自分の気持ちが追いついていかない時期も過ごしました。正直、今でもコンプレックスはたくさんある。でも、光栄にも私の曲を「青春の1ページ」と言ってくださる方々の前で弱音を吐くのは失礼なことだと思い、ある時期から「自信がない」という一言は禁句にしようと決めました。

 ファンの皆さんと共に今井美樹というシンガーを支えてくれたのが、素晴らしいクリエイターや作家の方々です。公私共にパートナーの布袋(寅泰)さんもその一人。私が悩んでいる時、肩に力が入り過ぎている時、彼は、「君はのびのび、楽しく、気持ちよさそうに歌っているほうがいい」と言って、今も私の向かうべき道を見定めてくれます。

 11月にリリースする『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』は、「PRIDE」、「PIECE OF MY WISH」など、今私が最も"届けたい"と思う10曲をオーケストレーションで歌ったアルバムです。過去曲の再レコーディングには大きなプレッシャーを伴いました。特に、私と同世代の女性たちは多くが洋楽ポップスの最盛期を楽しんできた方々です。中途半端な焼き直しを届けるなんて、絶対にできません。

 このアルバムには自分の年齢も作用しています。若い頃は、ラブソングさえ歌えば、それでどこか成立する場面もあった。そこから人生経験を重ねることで、自分の佇まいを音楽に反映していくようになりました。

 自分は人をどう愛するのか。自分は孤独とどう向き合うのか。自分という人間はどんな色なのか。他者という鏡に我が身を映すことで、自分の姿を知るようにもなりました。そこからさらに結婚して、子どもを産み、日常のなかでの発見や人生の慈しみを歌うようにもなりました。

 若い頃の自分が失ったもの。頑なだった頃の自分が置き去りにしてしまったもの。年を重ねることで知らず知らずのうちに捨て去ってきたものとは何だったのか。一方で、自分が今日まで手放さずに抱いてきたものとは何だったのか。

 もちろん、そのすべてを拾い集めることは不可能だし、つい、昔の自分と今の自分を競わせてしまう瞬間もあります。でも、きっと今の自分の声と解釈でこそ届けられる表現がある。そう信じて、今回のレコーディングは"新曲"を歌う気構えで臨みました。

 コロナ禍の前から制作を始めたアルバムでしたが、奇しくも今の世相とリンクする曲や、つらい状況の方々に寄り添うような曲、明るい未来を信じようと願う曲も歌っています。皆さんの生活の新たなサウンドトラックにしていただけたら、これ以上の喜びはありません。

 私にはまだまだチャレンジしたい音楽があります。目指すのは、いつエンジンをかけても気持ちよく走れる、きちんと整備されたクラシック・カーのような自分です。大変な時代になりましたが、まずは理想論でも、綺麗事でもいい。120点を目指した結果が80点でもいい。よりよい未来をイメージすることから始めて、知恵や喜びを皆さんとシェアしながら、この状況を乗り越えていけたらと願っています。

■プロフィール
今井美樹
1963年生まれ。宮崎県出身。11月11日にリリースする『Classic Ivory 35th Anniversary ORCHESTRAL BEST』は、歌手デビュー35周年を記念した初のクラシック・ヴォーカル・アルバム。編曲には武部聡志、千住明、服部隆之、さらには今年のグラミー賞にノミネートされた挾間美帆と、日本を代表する4人の音楽家たちが参加している。

■関連情報
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(c)marie claire style / interview,text: Masaki Uchida / realization: Saya Tsukahara