【6月15日 marie claire style】文化芸術の世界は今、多くの業界同様、未曾有の危機に直面しています。閉ざされた劇場空間、世界中から集まるキャスト、大人数のオーケストラやダンサー、長い稽古期間。世界中の文化施設が突然シーズンオフとなり、表現の場を失いました。ホテルに勤める私ですが、パリの文化価値を発信し、常に文化芸術界と仕事をしているため、とても人ごととは思えません。

 先進国の中で最初に芸術支援を最優先事項としたのは、ドイツのメルケル首相です。連邦政府は「文化は平穏なときにだけ享受される贅沢品ではありません。アーティストは必要不可欠であるだけではなく、我々の生命維持に必要なのです。」と大規模な支援を発表しました。国民の心に寄り添い、文化芸術活動を存続させるための、国の誇りをかけた政策だと感じました。文化事業に携わる失業者が130万人を超えているフランスでは、早々に休業補償が約束されたおかげで「心に余裕を持ちながら、コロナ時代に合わせた戦略を模索できる」と、パリ・オペラ座の友人は言います。大女優イザベル・アジャーニーはマクロン大統領宛に公開書簡を出し、「民主主義の象徴である、私たちの価値ある文化を助けてください。」と、訴えました。日本政府もやっと、文化芸術支援の為に560億を計上したと発表しました。各国政府の文化支援への対応力は、その国の文化度を測るバロメーターなのだと感じます。

 フランスでは、ラテン語のOtium(オティウム)と言う言葉が見直されています。これは忙しい日常から離れ、芸術的・知的な思索に耽ける「空白時間」を指します。今のオティウムは、時間との関係性、自然への回帰、デジタルメディアを駆使した発信など、新たなアートの方向性を模索する、好機なのかもしれません。そんな中、日本では、演劇界を牽引する東宝が、劇作家の藤沢文翁とREMOTE THEATER(リモートシアター)という新しい音楽朗読のプロジェクトを発表しました。なんとキャストとミュージシャンが「おうち」で録音した音で物語を紡ぐと言うのです。『ル・レーヴ(夢)』と題されたSFの父、ジュール・ヴェルヌが「月世界旅行」を描くまでを題材としたこの物語は、藤沢文翁の書き下ろしで、音楽監督に小杉紗代を迎えた、完全なる新作です。生の舞台とは違うデジタル空間で、どんな想像力を膨らませられるのでしょう。演劇界のみならず、どの業界にも今必要とされているクリエイティビティ、発想の転換や時代感覚を掴む力に気付かせてもらいました。文化芸術再興の戦略が求められている今、世界での立ち位置を見据えながら、次のフェーズに挑戦することは、この不明瞭な時代を生き抜くための強さと自信に繋がります。不朽の名作「海底2万里」でネモ船長が言うように「地球に必要なのは新しい大陸ではなく、新しい人」なのだと、無限の可能性を秘めたこのプロジェクトを、まるで一条の光のように感じるのです。

 コロナ時代に突入した今、国の多彩な文化環境を創ってくれる芸術家たちを、長期的に支援して欲しいと願うばかりです。文化芸術は一日にして成らず、なのですから。

■プロフィール
大岡陽子(Yoko Ooka)
神戸生まれ、パリ育ち。幼少期の7年間をパリで過ごす。関西学院大学フランス文学科卒業。再度渡仏し、パリ政治学院(シアンス・ポ)で広報学の修士号を取得。「バカラ」「ルイ・ヴィトン」「ルイ・ロデレール」といったラグジュアリーブランドでの研修を経て、現在はパリで最も歴史のある、最高級五つ星パラスホテル「ル・ムーリス」に入社。総支配人秘書、セールスマネージャー、アーティスティック・アドバイザーを経て、現在はコミュニケーションマネージャーとしてプレスやブランディングを担当。

■関連情報
・大岡陽子 公式インスタグラム:@mademoiselleyoko
(c)marie claire style/photos & text: Yoko Ooka