【4月30日 marie claire style】「フォルムは、アイディアさえあればすべて乗り越えられるのです」

 パリを拠点に、世界各地で20ものプロジェクトに関わっているという建築家・田根 剛は、先頃行われた「東京未来ビジョン懇談会」で、小池百合子都知事に「これからは発想の時代です」と進言したという。

 一般的に海外で活躍する才能は、得てして母国では評価されないという通例に反して、弱冠27歳でエストニア国立博物館の大規模なプロジェクトを任された田根の場合、日本のメディアは彼を放っておかなかった。現場の歴史性にこだわり、旧ソ連時代の軍用滑走路を過去の遺産として継承するところからスタートした発想は、世界の建築界からも絶賛されている。

 「記憶というものは、個人が所有するものではなく、建物全体で共有するものなのです。ですからプロジェクトに取りかかる前に、僕はその土地に関するリサーチ作業に力を注ぎます」と彼は語る。

 2012年には、新国立競技場の国際デザインコンペで、ザハ・ハディッドと並んで、「古墳スタジアム」を提案してファイナリストまで残ったことでも知られている。

 取材当日、乃木坂のカフェに現れた田根は、若き天才建築家の鋭く尖った印象というよりは、むしろ物静かな雰囲気だった。

 「今は弘前にある美術館(弘前れんが倉庫美術館)を手がけていて、横浜駅西口の商業施設NEWoManの仕事や、国立新美術館での展覧会(「古典×現代2020」展)の準備をするために東京に来ています」

 無論日本だけでなく、ブータンでは五つ星のホテルを、パリでは「オテル・ドゥ・ラ・マリン」という、ルイ15世がコンコルド広場に建てさせた18世紀の建物の改装を手がけるという。

 ガウディのサグラダ・ファミリアに魅了され、その後、建築を志して北欧に留学。パリに建築事務所を開いてグローバルな時代をそのまま体現している彼の、世界を股にかけたその超人的な活動力の源は、一体何なのだろうか。

 「僕は動きながら考えるのです」

 つまり動いていなければ仕事はできない? 最後に彼が言ったその言葉は、いかにも新時代の建築家に相応しく新鮮だった。もともとサッカー少年で、それもJリーグのユースチームに入っていたというその瞬発力が、彼の無尽蔵な想像力の主軸を担っているのだろうか。

 今年41歳、これからもまだ世界の建築界を圧倒するような起爆力になるに違いない。

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(c)marie claire style/text: Kasumiko Murakami